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2010年4月23日 (金)

洗いざらい書きましょうか

4月23日(金)

何日か前、嫌がらせと思われる電話があったことを書きました。その後なにもありませんでしたが、今日、同じ電話がありました。例によって、「部屋を借りている人のために」とかなんとか始まるんです。この前と同じ声でね。今日のところは、「嫌がらせならしかるべく処置を取りますよ」と言って切っただけですが、又かかってくるかどうか、ちょっと楽しみです。

だいたい、嫌がらせ電話などをかけてくる人間は、何か誤解しているわけです。卑怯だから、自分の身分は明かしたくないのですね。そして嫌がらせをするわけです。そんなことをする奴は、知性など高くはありませんね。

私の方に誤解される種がないかと言えば、これが実はあるのです。誤解ですから事実でゃないんですがね。ブログでそこまで書くのはどうかと思うのだけれど、まあ私は裸で生きているようなものだから、今日は洗いざらい書く覚悟です。

私は11年前に、妻に自殺されています。誤解されているとすれば、そこのところです。私が妻を殺したとでも思っているのでしょう。

妻は精神を病んでいました。初めは鬱だと思っていましたが、実は統合失調症でした。私が仕事に出ているときでも、妻は「不安でたまらないから帰ってきてくれ」などと電話をよこすことがありました。妻が鬱だと思っていた私は、自殺でもされたら困ると思って、家に帰らざるを得ませんでした。仕事仲間には、当然迷惑をかけます。家に入るときには穏やかな顔で入るように心がけましたが、カリカリした気分で帰ってくるわけです。帰宅途中であった人などには、つっけんどんな挨拶をしたりしたでしょう。そんなわけで、近所では評判の悪い面もあるかもしれません。

しかし、実際には家から飛び降り自殺をされてしまいました。隣の部屋に寝ていた私は妻が飛び降りたのも知らず、寝ているところを、近所の人に起こされました。

慌てて下におりていきましたが、それからしばらくどうしたか覚えていません。やがて、部屋を見せてくれと言う人がいたので、私は部屋に帰って、布団だけは上げました。あとで聞いたのですが、これはしてはいけないことでした。私が妻を突き落としたのではないか、突き落としたとすれば争ったあとがあるはずで、そこを見たかったのですね。ですから、これは疑われる理由になります。

私は自分では気づかなかったけれども、疑われる立場ではあったのです。警察でも、事情聴取というのを受けました。こんな時、自殺か殺人かということを決める、いくつかの鍵があるようです。たとえば、妻は「長い間ありがとう、サヨナラ」というメモを残しました。このような遺書めいたものを見せられたとき、後ろ暗いところのある人は、自分が以下に死んだ人のために尽くしたか、と言う反応になるのだそうです。本当に自殺されてしまった人の場合は、反対に怒り出すのだそうです。私もそのメモを見せられましたが、どう答えたかは覚えていません。ただ、長年一緒にいて、何を言っていやがる、ありがとうという気持ちがあるなら、頑張って生きるのが本当じゃないか、と思いましたから、怒ったのかもしれませんね。

私は刑事じゃないので、他の鍵については知りません。いくつもの鍵があって、総合して判断するのでしょう。私の場合、最後に刑事は「この件は事件性は全くありません」と言い」子供さんやお孫さんのために頑張って生きてください」と励まされたことは覚えています。

しかしながら、妻がスケッチブックに描き残した絵などを見ると、妻が決して死にたくて死んだのではないことが分かります。何とかして生にしがみつきたかったのです。生きたかったのに、生きる術が見つからなかった、と言うのが、本人の気持ちでしょう。そこが精神の病なのです。私は断言しても良いのですが、自殺する人は死にたいのではありません。本人の意識の中では、死ぬ以外に方法がないと思ってしまうのです。それが分かるだけに、私は、私の接し方によって、妻は死ななくても済んだのではないか、と思いました。従って、私は妻を殺したようなものではないだろうか、と思ったものです。そんなことを口走ったこともあると思います。

妻は精神的に弱い人でした。それが分かっていたので、私は妻のために生命保険に入っていました。私が死んだ場合、妻が幾ばくかの金銭を受け取れるようにと考えたのです。いくらかの金でも、妻がパニックになるのを防ぐ力になるのではないかと考えたためです。しかし、案に相違して、妻の方が死んでしまいました。生命保険をかける意味がなくなったので、私はすぐに解約しました。子どもたちに残すという考えもありますが、幸いにした私の子どもたちは、親の生命保険を楽しみにするような子どもたちではありません。こんなことも、誤解したい人は誤解するでしょうね。妻に生命保険をかけていて、妻が死んでその金をもらった、等と思いかねないのですね。きちんと調べればすぐに分かることなのですけどね。

そんなこんなで、誤解される種はあるわけです。そのほかのことは、ちょっと考えられません。又変な電話があるかどうか、少し様子を見ましょう。それでも電話がかかってくるようなら、しかるべく処置を取らなければなりません。

私が精神障害のボランティアを続けているのも、上のような事情があるためです。

洗いざらい書くといったのですが、もう充分長くなりました。もっと書くことはあるけれども、これくらいで終わります。

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