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2010年2月 8日 (月)

影隠し地蔵縁起・17

2月8日(月)

影隠し地蔵縁起 第17回

     ~風は見ていた~

首塚・3

 義興を討って安心したのか、間もなくも基氏は村の御所を閉じ、鎌倉へ帰っていった。基氏が帰ったあとも、義宗は村に残った。おときを妻とし、いつの間にか百姓に馴染んでいった。

 ある日、そんな義宗のもとに、8人の武将が訪ねてきた。武将と言っても、武器を持っているからそう分かるだけで、来ている者は薄汚れ、いかにも疲れ切っているように見えた。

「義宗殿。山岡の藤治です。山岡藤治です」

「なに、藤治? 山岡藤治か」

「はい、藤治です。お懐かしゅうございます」

 山岡藤治は兄義興に従っていた武将で、義宗も何度か会ったことがある。

「私は、真間参三郎です」

「私は神部与十郎」

「私は・・・」

「私は・・・」

 8人は口々に名乗りを上げた。みな義興の家来たちである。

 義興が討たれたあと、家来たちはちりじりに逃げ去った。出身地に帰って、ひっそりと暮らす者は、まだ幸せであった。ある者は見知らぬ土地で、身分を偽って暮らし、他の者は乞食となって各地を放浪するなど、さまざまな者たちがいた。

 山岡藤治もまた、そのような放浪者であった。そして、基氏が去ったあとも、義宗が村に住み続けているらしいことを、放浪中に聞いたのである。藤治は、義宗に会いたいと思った。義宗は、もう一度兵をおこすに違いないと思ったのである。その時、自分はその軍団の中にいたいと思った。藤治には、自分が乞食として終わる人間ではないという自負があった。

 義宗が村にいると知ってからの藤治は、かっての仲間を訪ね歩き、同志を募った。しかし、藤治に同調する者は少なく、7人の仲間を集めるのも、決して容易ではなかった。だが、その仲間と共に、今は義宗の前にいる。藤治は、胸の思いを義宗に伝えた。

 義宗は困惑した。新田の勢力も、今はちりじりである。世の中は足利に定まってしまった。それを不承不承受け入れ、おときと暮らしていたところに、藤治たちが訪ねてきたのである。現在の新田氏には、足利を討つ力がないことを話したも、藤治は納得してくれないのだ。一晩中話しあったが、2人の意見は一致することがなかった。

                    続く

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