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2010年2月10日 (水)

影隠し地蔵縁起・19

2月10日(水)

隠し地蔵縁起 第19回

     ~風は見ていた~

 義宗と5人の武将が、何事か小声で話しているのを、何度かおときは目撃した。何か不吉な予感がして、おときは胸が塞がる思いだった。

 ある夕方、義宗と5人の武将は裸で二瘤川に入り、水垢離をとった。

 帰ってきて、義宗はおときに言った。

「われわれは、明日、北陸へ行く。新田に心を寄せるものを集めて、もう1度兵を挙げる。ここに帰ることはもう無いだろう」

 あまりのことに、おときは返す言葉を失った。なぜ? なぜ? と思うのだが、何をどう言えばよいのか分からず、

「嫌だ! 行かないで!」

 とだけ叫んだ。義宗は一つの椀に水を入れ、

「水杯だ」

 と言って、半分を飲んで、黙っておときに差し出した。その椀の水を捨ててしまいたいと思ったが、有無を言わさぬ義宗に気圧されて、おときはその水を飲んだ。

 それ以後義宗は、全く物を言わなくなった。おときが話しかけても、怒っても、泣いても、ただ黙っていた。

 次の日、義宗と5人の武将は、無言で家を出て、義興と3人の墓に長い祈りを捧げ、清水八幡と影隠し地蔵に必勝祈願をして、村を出て行った。

 義宗たちは二瘤川を渡り、二瘤山の中に消えていった。義宗たちの背中に向かって、おときは叫んだ。

「畑の大根はどうするだ! ネギはどうするだ! 田んぼはどうするだ!」

 義宗たちは振り向きもしない。

「なんで戦をするだ!なんで、なんで百姓ではいけないだ!」

 おときの叫び声は、風に運ばれて川を渡る。その声が聞こえるのか聞こえないのか、義宗たちは、ただ黙って遠ざかっていく。

Tati0015

 春はまだ浅く、冷たい風が静かに吹いている朝だった。  

 義宗たちのその後のことは、誰も知らない。北陸の戦で死んだと、風は噂に聞いた。

               続く

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