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2010年1月14日 (木)

奥州藤原三代の祖

1月14日(木)

ボラグループ定例会、新年会。

普通の会議ののち、場所を変えて食事会。お酒も少し。

柳田国男の「遠野物語」を読んでいる。

安倍貞任とか八幡太郎などという名前が出てきたのに、少しびっくり。土地の歴史を遡るならば、出てきて当然の名前ではある。びっくりしたのは、今私がブログに載せている「かまくら伝説」(今日最終回の予定)に関係があるからだ。

八幡太郎というのは源義家のことである。ただし、ここに書きたいのは、貞任の方である。

前九年の役(1051-1052年)というのがあって、源頼義、義家親子が安倍氏と戦った。

安倍貞任は安倍頼時の子供で、頼時が戦死したのちも弟たち(宗任、家任)、義理の兄(藤原経清・フジワラツネキヨ)と共に、協力に戦ったのである。

その時、源氏を救ったのが、清原氏(清原武則)であった。

その後、後三年の役(1083-1087年)があり、今度は源氏と清原氏の戦いになった。私の「かまくら伝説」はこの後三年の役を舞台にしている。

もう少し裏話をすれば、安倍頼時の娘と結婚して、貞任と共に戦ったのが、藤原経清である。頼時の娘は美人だったと思われる。経清の子、清衡を連れて敵の大将、清原武則と再婚する。清衡は、清原氏の子として育つが、清原の血は入っていない。

のちに清原氏が内紛を起こす。清原氏の家系は複雑で、私も深く理解しているわけではないが、源氏はその内紛に関与して、清衡を助けるのである。

内紛に勝ち残った清衡は、藤原姓に復し、奥州藤原三代の祖となった。

安倍貞任と清原経清は死罪になるが、安倍宗任、家任は九州に流される。のちに瀬戸内海で活躍した水軍(海賊)の祖は安倍宗任だと信じられていた。

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