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2010年1月12日 (火)

赤ちゃんの掌

1月12日(火)

精障者授産施設へ。

かすみがわ食堂と小規模作業所Cの庖丁を研ぐ。

乗り物で行く場合、バスを乗り継ぎ、往復で700円かかる。好きで行くのだから良いのだけれど、貧乏人のボランティアに出費700円は痛い(山行や飲み会なら、絶対そうは思わないのだが)から、今日は歩いていくことにした。なーんてね。本当は歩くのが好きなんだよ。

家を出るときは曇りだったが、歩き出すとすぐに雪になった。それでも、急いで歩いて55分。体がぽかぽかしてくる。ジャンパーの前を開けて歩いた。

かすみがわ食堂で食事。唐揚げ定食、みそ汁が付いて400円は安いね。

帰りはこぶし福祉会理事長の車で送ってもらう。理事長、暇だったのかな? 送ってもらって、そんなことを言っちゃあ悪いか。

いつか書いたかも知れないが、赤ちゃんの掌は、昔は握って生まれてきた。今は手をひらいて生まれてくる。この変化はいつ頃からなのかは知らないが、私が生きている間に変わったことは確かだ。人間が、生物学的に、今でも進歩をしている証拠かもしれないのだ。

鳥は、生まれてはじめて見た動くものを、自分の親と思うらしい。脳の中に、そのように刷り込まれて生まれてくるのですね。ときどき間違いも起きるけれど、そのように刷り込まれている方が、生きていくのに都合が良いのでしょう。

馬は、生まれてすぐ、立つことが出来ます。やはり、生きていくのに都合が良いからでしょう。

猿は、生まれてすぐに、母親の胸毛を握って、親の行くところに運ばれていきます。握る力が必要なのです。

猿の仲間だった人間も、生まれてすぐ、握る力があったのですが、やっと解放されました。

人間はなんにもできずに生まれてきます。親を見分けることも、歩くことも、握ることも、学習して覚えます。パソコン用語で言うなら、初期化して生まれてくるんですね。何も刷り込まれていない状態で生まれる方が、学習して覚える応用範囲が広いわけです。だから、手を開いて生まれる方が、握って生まれるよりも進歩だと、私は思います。

人間は初期化して生まれると書いたけれども、完全に初期化しているわけではありません。たとえば、おっぱいを吸う能力を持って生まれます。何かを訴えるときには泣きます。呼吸だってするし、そのほかいろいろありますね。

と、まあ、私は考えるわけです。

ともあれ、ブログなどというものは、私程度のものが、想像半分で書いている場合もあるし、その道の権威が自信を持って書いている場合もあります。何を信じるかは、読む方で判断しなければなりません。

もっとも、その道の権威が言うことでも、ときには間違いがあるものです。そのことについては、いずれ書く機会があるかも知れません。

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