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2009年12月 1日 (火)

天狗が塔に棲みつく・2

12月1日(火)

御伽婢子・144

天狗が塔に棲みつく・2

前回のあらすじ 寛正5年4月、京の糺すの河原の猿能楽は、大変な人気であった。しかし桟敷から火の手が上がり、折からの風で燃え広がる。人々は逃げまどい、怪我人や死者までも出た。

その火事があった夜、14・5人も迷子が出た。しかし、大抵の者は親たちが探し当て、家に帰った。ところが上京の今出川あたりの町人の子供で、次郎という者が行方不明になった。年令は12歳である。親は悲しがり、人にも頼んで必死になって探したが、なんとしても見つからない。

20日ばかりたったころ、東山吉田の神楽岡に、その子が呆然と立っているのが見つかった。親は喜んで連れ帰ったが、どうしたわけか、4・5日の間は何も食わず、水を飲むばかりだった。おまけに、しゃべりもしないでただ座っている。

その後、やっと人心地が付いたのか、話し始めた。その話しは次のようなものである。

私が糺す河原に立っていると、50歳くらいの法師が来て言った。

「小僧、猿楽能をみたいか」

「はい。見たいです」

「それなら儂の袖に掴まれ」

私が法師の袖を掴むと、法師はふわりと飛び上がり、垣を越えた。

「小僧、声を出すなよ」

そう言うと私を大名の桟敷に連れて行った。法師と私が入ったのに、誰も見とがめる者がいない。法師は酒、さかな、菓子に至るまで、なんでも勝手に取って食べ、私にもくれた。それなのに、誰も気がつきもしない。

その桟敷の者たちは、奢りたかぶっているように見えた。

「なんと憎らしい奴らだ。大した者でもないのに、口ひげを跳ね上げ、高慢ちきな顔で鼻を上に向けて笑っている」

と法師はつぶやき、

「今、おもしろいものを見せてやる。おまえもこいつらが慌てふためくさまを見たいだろう」

と言って私を抱いて舞台の屋根に上がった。そしてなにやら唱えると、東の桟敷から火の手が上がって、風に吹かれ、またたく間に燃え広がった。私を連れて河原に降りた法師は、人々の慌てふためくさまを見て、手を叩いて喜んだ。

それで気が済んだのか、法師は私を袖にすがらせて、法勝寺の九重の塔に入った。

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