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2009年12月26日 (土)

本のないお話.3

12月26日(土)

本のないお話 第3回

さよなら さっちゃん

 昭和19年、みち子は3年生になりました。同級生のさっちゃんは、みち子と大の仲良しです。

 その日も、二人は石蹴りをして遊んでいました。そこへ何人かの男の子がやってきて、みち子に声をかけました。

「兵隊ごっこしようぜ」

「ええ、私は航空兵になる」

 みち子は飛行機が大好きなのです。

「ばかだな。女の子は従軍看護婦さんだよ」

「看護婦さんは嫌。工兵でも良いわ。工兵なら、橋を架けたり出来るから」

「でも、私は看護婦さんをやりたい」

いつも優しい、さっちゃんが言いました。

「おまえは駄目だ。おまえの家は強制疎開なのに、まだ疎開してないじゃないか。おまえは非国民だ」

 一人の男の子が言いました。みち子は、はっとしました。さっちゃんの家が強制疎開になるなんて、少しも知りませんでした。

「非国民じゃないもん。疎開するもん」

 さっちゃんは真っ赤になり、下を向いて、小さな声で言いました。

 疎開というのは、空襲を避けて田舎の方へ引っ越すことです。強制疎開というのは、、空襲の被害を少なくするため、一定の区域を決めて、そこに住む人達を強制的に立ち退かせることです。強制疎開と決まった区域の人は、立ち退く先があってもなくても、決められた日までに引っ越さなくてはならないのです。みち子の家は、東京の市ヶ谷にありました。近くに陸軍の練兵場があり、そこを守る為なのかどうか、みち子の家の、道路の向かい側の家が、強制疎開になりました。

「そうだ、非国民だ」

 他の男の子達も、口をそろえて言いました。

 非国民というのは、戦争中では、もっとも強い非難の言葉でした。国を挙げて戦争をしているのに、その戦争に協力しないとんでもない人、という意味がありました。

「引っ越すもん。非国民じゃないもん」

 さっちゃんはもう一度小さな声で言うと、泣きながら家の方に走っていきました。

「あんた達となんか遊ばないよーだ」

 みち子は男の子達に赤んべえをして、さっちゃんの後を追いました。

 そのころ、みち子のお父さんは大工の手伝いをしていました。琴は、大川さんに売ったのが最後で、それっきり売れなくなったのです。戦争になって、琴が売れたのは、ほんのわずかな間だけだったのです。

 大工の手伝いといっても、空襲の激しい東京で、家を建てる人はいません。だから、強制疎開の家を壊す仕事をしているのです。さっちゃんの家が強制疎開になると聞いて、はっとしたのは、お父さんがさっちゃんの家を壊すのではないかと思ったからです。

 昨日、お父さんがお母さんに言っていました。

「俺は今の仕事は嫌だ。まだ、ちゃんと人が住める家を壊すなんて、幾ら何でももったいないや。屋根を剥がして、壁をぶち抜いて、梁に縄をかけて、みんなで引き倒すんだ。柱がギイギイ言うんだ。家が泣いているように聞こえるよ。職人は物を作るのが仕事だよ。それなのに今のおれときたら、家を壊す仕事をしてるんだ。情けないったらありゃあしない。皿1枚でも、わざと割るのは嫌なもんだ」

 さっちゃんが家に帰ると、さっちゃんのお父さんとお母さんは荷造りをしていました。さっちゃんを見て、お母さんが腰を伸ばして言いました。

「おや、また泣いて帰ってきたの。泣き虫だねえ」

「おばさん、男の子が悪いの。だって、強制疎開なのにまだ疎開しないから非国民だ、なんて、みんなでいじめるんだもの」

 さっちゃんと一緒に来たみち子が言いました。それを聞いて、さっちゃんのお父さんが怒りだしました。

「うちは非国民なんかじゃない。明日疎開する。だから荷造りをしているんだ」

「みち子ちゃん、そうなのよ。お父さんの友達の紹介で、やっと引っ越し先が決まったの。お父さんも私も、東京の人だから、強制疎開といわれても、急には行き先も見つからなくてねえ」

 まるで大人に話すように、さっちゃんのお母さんが言います。

「みち子ちゃん、さち子と仲良くしてくれてありがとう。疎開先で落ち着いたら、さち子に手紙を書かせるから、あなたも手紙をくださいね」

「はい」

 頭をこっくりすると、みち子は走ってうちへ帰りました。さっちゃんとお別れをいうのが辛くて、黙って走りました。涙があふれそうでした。

Tati0009 その夕方、さっちゃんがお手玉を3つ持ってきました。

「みち子ちゃんと遊んだお手玉よ。お母さんが作ってくれたものなの。全部で6つあるから、半分上げる。そうすれば、離れていても、同じお手玉で遊べるもの」

みち子は缶詰の空き缶を持ってきて、中に入っているおはじきを畳の上に広げて言いました。

「ねえ、これも半分ずつにしましょう」

 続く

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