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2009年12月25日 (金)

本のないお話・2

12月25日(金)

本のないお話 第2回

お父さんの仕事

 美智子のお父さんは、琴を作る職人でした。住んでいる家の庭に、小さな仕事場があって、そこで琴を作っていたのです。琴は桐の木で作ります。それから、シタンとかコウキとかいう木を使います。シタンやコウキは石みたいに固くて、水に入れると沈みます。

 みち子は小さいときから、お父さんの仕事場に行くのが好きでした。仕事のじゃまになるときは、

「あっちへ行きなさい」

といわれます。でも、お父さんの側にしゃがんで、ノコギリやカンナやノミで、木を切ったり削ったりするのを見ることが出来るときもあります。

 仕事場にはいろいろな道具があります。みち子の手のひらに隠れるような、小さなカンナもあります。あるときそのカンナで板を削らせてもらったら、みち子の力でもちゃんと削れました。

Photo

 そのころ、みち子は国民学校の2年生でした。今の小学校のことを、太平洋戦争のころは、国民学校といっていたのです。そうです。みち子が皆さんくらいの時は、日本は戦争をしていたのです。ですから、このお話は、戦争中のお話です。

 みち子が1年生の時は、お母さんが鉛筆を削ってくれました。2年生になると、お母さんは肥後守(ヒゴノカミ)という小刀を買ってくれました。そのころ流行っていた小刀で、刃が柄の中に折りたためるようになっていました。みち子のクラスの男の子は、たいてい肥後守を持っていました。女の子も、何人かが持っていました。お転婆で、男の子と喧嘩をしても負けないみち子が、肥後守を欲しくないはずがありません。お母さんは、それをちゃんと知っていたのです。

 そんなことを知らないお父さんも、みち子に小刀を作ってくれました。切り出し小刀の刃を買ってきて、柄とさやを付け、刃先を研いで作ってくれたのです。みち子が肥後守を持っているのを知ると、お父さんは何だかつまらなそうな顔をしました。そして言いました。

「これを使え。こっちの方が切れるぞ」

 本当に、お父さんの作ってくれた小刀の方がよく切れました。だから家では、切り出し小刀で鉛筆を削ります。でも、学校には肥後守を持っていきます。みんなと同じだからです。

 ある日みち子が学校から帰ってくると、お父さんは畳の上に湯飲みを置いて、お酒を飲んでいました。この頃はお酒が手に入らないので、大切にしていたことを、みち子は知っていました。それなのに、昼間からお酒を飲むなんて、一体どうしたのでしょう。お父さんは何かぶつぶつとつぶやいています。

「ふん、何が『琴やこっちへおまわり』だい。こちとらは犬ころじゃねえんだ。勝手口へまわしておいて『はい、これが琴のお代だよ。持っておゆき』なんて言いやがる。ご用聞きじゃねえんだ、勝手口はねえだろう。べらぼうめ。お前なんかに琴の良し悪しが分かってたまるかッてんだ」

 お父さんは江戸っ子なので、悪口を言うときは、べらんめえ口調になるのです。

 みち子は台所のお母さんに聞きました。

「ねえ、お父さんはどうしたの?」

「それがね、大川さんにお琴を届けに行って、帰ってきたらあの調子なの。よっぽどおもしろくないことがあったらしいわ。高い琴を頼まれたので、喜んでいたのだけれどねえ」

 みち子は知らなかったのですが、ここ何年かは、琴があまり売れなくなっていたのです。それなのに、戦争になったら、かえって高い琴が売れるのです。不思議なことに、高い琴と安い琴が混ざって売れるのではなくて、高い琴だけが売れるのです。

「心配していたけれど、戦争になったら、かえって景気がいいや。もっとも、今買ってくれる人は、丸山さんを別にすれば、どうせ大して弾きやしないんだ」

 いつか晩ご飯の時に、お父さんが言いました。

「そんなことが、どうして分かるの?」

「練習用に安い琴を買って、演奏会の時に良い琴を使うとか、下手なうちは安い琴を使って、上手になったら高いのを使うのが普通なのさ。あの人達は、はじめから高い琴だけだもの」

 初めに買ってくれたのは、軍人の丸山さんの奥さんでした。お父さんの琴をとても気に入ってくれて、軍人や、軍のために必要な物を作っている工場の偉い人を、何人も紹介してくれました。お父さんとお母さんの話の中に「丸山さん」という言葉が良く出てくるので、みち子もその名前を知っていました。今日琴を持っていった大川さんも、丸山さんの紹介だったのです。

「おい、酒がないぞ」

 お父さんが怒鳴ります。

「もうありませんよ」

 お母さんが答えます。

「買ってこい」

「今どき、お酒なんか簡単に買えませんよ。あなただって知ってるでしょう」

 お父さんはまだ飲み足りなそうでしたが、何かぐずぐずいいながら畳に横になり、そのまま眠ってしまいました。

                 続く

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