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2009年12月 4日 (金)

狭山のうどん

12月4日(金)

水彩画の会。

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麺類の好みは、関西はうどん関東はソバ、と理解していた。

今気がついたが、うどんはひらがなの「うどん」がふさわしいような気がするし、ソバはカタカナの「ソバ」がふさわしいような気がする。その理由も考えられなくはないが、今日は言葉の詮索をするつもりはないので、ひとまず置く。

関東はソバ文化圏だと思うのだが、なぜか狭山市では、うどん文化だったようだ。人が集まったとき、最後にうどんを食べて打ち上げにする習慣があったらしい。関東なのになんでうどんなのだろうと、ずっと不思議に思っていた。

最近、奥村彪生(アヤオ)という料理研究家が『日本めん食文化1300年』という本を出したらしい(読売新聞)。そこで発表された新説によると、大阪と東京の水の違いに原因があるのだそうだ。

江戸時代、東京には神田浄水や玉川上水があり、安全な水を使うことが出来た。大阪は水の都ではあったものの、飲料水は悪かった。だから大阪のうどん屋のメニューは「うどん」であれ「ソバ」であれ「しっぽく」であれ、すべて熱いめんだったという。水が悪いのだから、沸騰させるしかなかったわけだ。江戸の方は、水が良かったので、冷たいソバが好まれたという。

なーるほど。それで納得がいった。狭山は水が悪かったですからね。真ん中に入間川が流れているのに、水不足の土地だった。井戸を掘っても満足な水のでないような土地が多かったのである。そのせいで、うどん文化の土地になったのかな?

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