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2009年12月28日 (月)

本のないお話・5

12月28日(月)

本のないお話・第5回

東京大空襲・1

 毎日のように空襲がありました。昨日まで元気に登校していた友達が、何の前触れもなく、学校に姿を見せなくなることもありました。空襲で亡くなるのです。疎開していく友達もいました。残っている子どもたちも、近いうちに学童疎開になるという噂です。

 お母さんはみち子に、疎開の相談をしました。

「お父さんは兵隊に行ってしまったし、このままだと、みち子は学童疎開に行くようになるし、家中が離ればなれになるわね」

「そんなの嫌だわ」

「山梨の伯父さんを知っているでしょう。あの伯父さんがね、来ても良いって言うの。みち子はどう思う?」

 お父さんが兵隊に取られてからというもの、お母さんは何でもみち子に相談します。お母さんは末っ子です。山梨の伯父さんは一番上の兄さんで、富士山の裾野で開拓をしているのです。荒れ地や林を切り開いて、畑を作っています。伯父さんは背は低いけれども、がっちりと肩幅の広い人です。お母さんは痩せて背が高いので、兄妹でも随分違うんだなあと思っていました。

 去年は開拓地で採れた野菜と、ヤマブドウで作ったという葡萄酒を持ってきてくれました。そのころは普通の人がお酒を造ってはいけなかったのですが、こっそり作ったのです。お父さんと葡萄酒を飲みながら、大声で、

「アハハハ」

 と笑っていました。

「あ、伯父さん、のどちんこが見えた」

 みち子が冗談を言うと、

「女の子がそんなことを言ってはいけない。アハハハ」

 とまた笑いました。

「お母さん。あの伯父さんなら、私好きよ」

「でも、開拓地だから、生活は苦しいのよ」

「苦しくても、東京にいるより安心なんでしょう?」

「そうね。お父さんが帰ってくるまで、伯父さんのところへ行きましょう」

 みち子たちがそんな話しをした晩にも、空襲がありました。焼夷弾がこれまでになく、近くに落ちてくるような気がします。みち子とお母さんは、びっくりして、布団を被って逃げました。

 でも、その日の空襲では、みち子の家の当たりは無事でした。みち子たちが帰ってくると、警防団の人達に、

「あんな空襲で逃げ出すなんて、臆病者だ」

 と笑われてしまいました。

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