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2009年11月14日 (土)

早咲き梅の精

11月14日(土)

御伽婢子

   原作     浅井了意

   現代語訳  ぼんくらカエル

御伽婢子 第12巻  

御伽婢子 通算132回

早咲き梅の妖精

信州伊奈の開善寺の梅は、早咲きの梅として有名である。冬至の前後から咲き始めて清々しい香りを4方に漂わせ、近郷の人々を楽しませる。

もとより信州は山国で、寒気激しく、冬は降り積もった雪の上にまた雪が降るような国である。風は激しく、草木の萌え出るのは遅い。そんな中にあって、この寺の梅は、時を違えず、毎年寒さに耐えて咲き出すのである。なんで鑑賞せずにいることが出来るだろうか。

その昔、この地を支配していた村上家の家臣に、埴科文治というもの、風流を解し、和歌の教養もあった。戦の間にも、風景の美しいところでは、和歌を作って思いを述べ、人々を楽しませた。武をないがしろにするわけではないが、気持ちの優しい男子だった。

その頃甲州の武田と信州の村上の間に戦があり、互いに陣をはっていた。埴科文治は開善寺の梅が今を盛りに咲いていると聞き、ある晩陣を抜け出して、家来を1人連れ、その寺に行った見た。花を見、香りを尋ね、

  南枝向暖北枝寒一種春風有両般

南の枝は暖かく北の枝は寒いが、春風は両方に吹く、と古詩を口ずさんだ。月はすでに山の端にのぼり、花を美しく照らしている。

  ひびき行鐘の声さへ匂ふらむ

      梅さく寺の入りあひの空

響いて行く鐘の音さえ匂うようだ。梅が咲く寺の夕方の空は・・・。詠んでいるところに、見慣れぬ女性が一人、女の子の使用人を連れてやってきた。年の頃は20歳ばかりである。美しい衣装に香を焚きこめて、この世のものとも思えない。

  ながむればしらぬ昔のにほひまで

     おもかげ残る庭の梅がえ

こうして眺めていると知らない昔のことまで面影が残るような梅の枝だこと、と詠み、少女と共に休んでいる。

文治は不思議に思いながらも女の美しさに心を惹かれ、側に近づいて袖を引いた。

「今夜、月の光に美しさを競うのは、梅ばかりではありません。あなたの姿も梅以上の美しさです」

女はさほど驚いた様子もなく、

「梅の香りに誘われて月を見ているこのような夜に、あなたのようにやさしい人に会えるなんて、本当に嬉しいわ」

などと気を持たせる。文治は家来に言いつけて酒屋から酒を取り寄せ、御堂の軒に座って、互いに酒を酌み交わした。少し酔って語り合い、

  袖のうへに落ちて匂へる梅の花

     枕に消ゆるゆめかとぞ思ふ

私の袖の上に落ちて匂っている梅の花のような貴女は、目が覚めたら消えてしまうような気がします。貴女とこうしていることが夢でなければいいのに、と詠えば、女の返し、

  しきたへの手枕の野の梅ならば

    ねての朝けの袖ににほはむ

布団のように敷いて寝た梅の花ですもの朝目が覚めても、袖に匂いが残りますわ、と詠む。

その夜二人は契りを交わし、更に数杯杯を交わして酔って寝入った。

朝になって文治が目が覚めると、梅の根本に只一人いて、女も、召し使っていた少女もいなかった。月は落ち、ただカラスが群がり鳴くばかりである。しかし、女の香りは、文治の袖に残っていた。

昔中国の崔護という人が、美しい桃の花を見ているときに、2人の女が来て、共に酒を飲み、唄い、また来年もここであおうと約束して別れた。しかし次の年、女は現れなかった。そこで、門の扉に次のような詩を書き付けた。

  去年今日此門中

  人面桃花相映紅

  人面不知何処去

  桃花仍旧笑春風

(去年の今日、此の門の中で人も花も紅に映えていた。しかし今は人はどこかに去ってしまい、花だけが昔のように春風に笑っている)

しかしこれは中国の例である。今度のことは、我が国のことだ。この後逢う出来るだろうか。相手が人ならば、どこかで巡り会うと言うこともあるだろう。しかし昨夜の女は、確かに梅の精に違いない。袂に残る女の香りは、梅の香りそのものだ。

陣に帰っても女の面影がちらつき、夕方になれば女が恋しくて、涙の絶える暇がない。何もかもあじきなくて、文治は間もなく討ち死にしたという。

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