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2009年11月16日 (月)

幽霊の手紙・2

11月16日(月)

御伽婢子・134

幽霊からの手紙・2

前回のあらすじ 正木竜子は金持ちの娘、芦崎数馬は貧しい家の息子、二人は幼なじみであったが、長じてからは相思相愛の仲になった。貧しいからと遠慮する数馬の親を、竜子の親が説き伏せて、二人は結婚することになる。

晴れて夫婦になった2人には、なんの障害もない。ただただ嬉しく、毎日を過ごすのだった。

  ひとり寝のまどにさし入月かげを

    諸ともに見る夜半ぞうれしき

と竜子。

  夜な夜なはかこちて過し窓のもとに

    ともにながむるありあけの月

と数馬。互いに、一緒に成れた幸せを歌にする。比翼連理のうちに半年ばかりが過ぎた。

元亀2年(1571年)織田信長は延暦寺を焼き討ちにした。その時まわりの民家まで被害を受け、みなちりじりになって逃げた。竜子はその美しさが目にとまり、信長の家臣、佐久間右衛門尉信盛に捉えられ、その手のものとなった。

やがて、浅井、朝倉は滅び、近江地方はまた静かになった。竜子の行方が分からないため、数馬家を離れて尋ね歩いて何年か過ぎたころ、人ずてに、佐久間右衛門に捉えられたらしいと聞いた。佐久間は大阪天王寺に陣を敷いているという。そこで数馬は大阪へ行った。さんざん尋ね歩いたあとなので、衣は破れ、顔は日焼けし、やせ細ってしまった。

そんな姿で佐久間に陣の前に行き、中を覗おうとしたものだから、門を守る足軽達が怪しがり、数馬を捕まえて縛り上げ、佐久間に報告した。佐久間の前に引き出された数馬に、佐久間が問いただす。

「おまえは大阪城に籠城するものか。どんな理由で我が陣を覗いていたのか。ありのままに白状せよ。嘘などつくと為にならぬぞ」

「はい。私は怪しい物ではありません。近江の坂本の土民でございます。名前は芦崎数馬と申します。叡山が焼き討ちになったとき家族はちりじりになりました。その後戦が止んで静かになり、土民達は帰ってきましたが、私の妹の竜子は帰ってきません。あちこちたづね歩いているうち、佐久間様の陣中にいるという噂を聞きました。それで陣中を覗いていたのです。ぜひ妹に逢わせてください。ひと目逢わせてくだされば、私は殺されても恨みはいたしません」

「おまえの妹は幾つになるか」

「別れたときは17歳でした。それから9年経つので、現在は26歳です」

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