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2009年11月13日 (金)

今日の絵 1神教と多神教

11月13日(金)

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水彩画の会。懲りもせずに下手な絵を載せます。

 動かない犬引っ張って猫じゃらし 前田美智子

俳画というのは、俳句と附きすぎてはいけないのだそうですが、私のは俳画ではなく、この俳句を描いてみようと思ったもの。子供が猫じゃらしで犬の背を撫でるおまけまで付けて。まあ、漫画ですね。

今日は13日の金曜日。キリスト教国では縁起の悪い日だそうです

別にそのせいで書くのではないが、近ごろ、小沢一郎が「キリスト教やイスラム教は排他的」と言ったそうで、あちこちで取り上げられているようだ。小沢一郎のような人が、公の席で言ってはいけないことだろう。

仏教徒相手に言ったものだから「リップサービス」と捉える意見が多いようだ。私はリップサービスではなく、本心だったのではないかと思っている。私もそのように考えるからだ。但し、だから西洋が行き詰まっているなどとは思わない。行き詰まっているのは、日本は西洋以上だろう。

キリスト教もイスラム教も1神教であり、我が神が正しいから、どうしても排他的になりやすい。1神教においては、世の中のあらゆることに、絶対正しいものがおり、それに反するものは間違っているのである。だから宣教師にとって、キリスト教を広めることは正義であり、信じないものは誤った人々である。少し前までは、まだキリスト教国になっていない国は、未開の国だと考えられていた。

二者択一という言葉があるが、1神教の世界で生まれた言葉であろう。あってもなくても良いものは、ない方が良いと考えるのが1神教の世界、あってもなくても良いものは、文字通りあってもなくても良い、つまりあってもかまわない、などと柔な考えを持つのが多神教の世界。

二者択一的な思想がなければ、多分、科学はここまで進歩しなかっただろう。

私自身は仏教に親しみを感じているが、無神論者である。キリスト教と仏教の、どちらかがすぐれている、などと言うことはないと思っている。一長一短であろう。

真にすぐれたキリスト者は、われわれ多神教のものとは違う強さを持つことがある。自分が正しいと信じても、われわれだと、まわりの様子を見て、大勢に流されていく。キリスト教国でも同じだと思うけれども、真にすぐれたキリスト者は、大勢に流されず、自分の意見を持ち続けられるようにようだ。何しろ、最後は只一人の神対自分なのだ。神に向かって疚しいところがなければ、神を信じ、神と共に自分を信じることが出来る。これが、われわれだとなかなか難しい。神無しで、世間に逆らって、自分を信じなければならないのだ。

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