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2009年11月17日 (火)

キリスト教は排他的?

1月17日(月)

精障者作業所Mへ。昨日やり残したことがあって、ほんの30分くらい。

寒いですね。本当はそれ以外にかくことがないんです。時事問題に絡めたことでも書きましょうか。

小沢幹事長が高野山真言宗の館長との会談で、キリスト教は排他的だといったんですってね。ああいう立場の人が公の席で言う言葉ではなかったでしょうね。

世間の反応は、仏教徒へのリップサービスという意見が多いみたい。そうかなあ。

小沢さんの意見は、当たっているという人もいる。実は私もそう思う。しかし、だからといって仏教の方がすぐれているとも思わないし、キリスト教のおかげで西洋社会が行き詰まっているなんて思わない。行き詰まっているという意味だったら、日本の方がひどいんじゃないの?

キリスト教やマホメット教は1神教なので、どうしたって自分の神が1番正しいわけです。だから時には、善意で押しつけがましかったりする。相手の間違いを正そうとするわけだ。

二者択一という言葉は、1信教にふさわしい言葉ですね。私などは、様々な現象や意見にたいして、正しくもあり正しくも無しなんて判断をしがちですが、二者択一の思想ではそうは行かない。どっちかが正しいんです。両方有り、なんてとんでもないんだね。いつぞやテレビの若い人達の公開討論会で、どこぞやの国の人が「日本人には二者択一がないからいけない」と言っていました。

確かに二者択一という言葉は、日本人にはなじみのある言葉ではありません。仏教には、二者択一なんてないと思います。何しろ、空即是色、色即是空ですからね。

なんでも二者択一ですむとは思いませんが、二者択一の思想がなければ、科学や技術は現在のように発展しなかったと思います。発展して、発展して、その先端のところで、ファジーとか揺れとか、曖昧さを認めるようになってきたんですね。おもしろいものだ。・・・と、知った風に書いたって、科学の中味なんて、わたしゃ何ーんも知らネエけどさ。

私はなんの宗教も信じていませんが、仏教の方に親しみを感じています。しかし、真にすぐれたキリスト者の中には、偉大な人がいるナアーと思もいます。1信教は、最後になったら神対自分だからね。たとえ世間に反対されても、神に向かって疚しいところがなければ、神と共に耐えることが出来る。その強さ、仏教徒が持つのは、なかなか難しい。仏と共になんて言ったら、諦観を持っているみたいで、戦う姿勢にはならないよね。そんなとき、仏教徒は神抜きで行くしかないんだ。

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