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2009年11月20日 (金)

幽霊からの手紙・6

11月20日(金)

御伽婢子・138

幽霊からの手紙・6

前回までのあらすじ 芦崎数馬と妻の竜子は、戦のとばっちりで別れ別れになった。竜子は信長の家臣佐久間の武盛に連れ去られ、数馬は竜子を探して佐久間の陣に行く。竜子は佐久間の寵愛を受けており夫婦と名乗ることが出来ない。数馬は焦がれ死にをし、竜子も後を追うように亡くなる。もと竜子の家の使用人弥五郎が天王寺を通りかかると呼び止めたのが数馬夫婦で、竜子の両親に手紙を託す。

《お懐かしき両親様。

このたびたまたま弥五郎に会うことが出来て、手紙を言付けることが出来ました。朝となく夕となく常にふるさとのことを思い、涙も尽き果てるほどです。元より、父母に受けた恩を忘れたわけではありません。

その昔、信長公に延暦寺が灼かれたとき、家族はバラバラになりました。私は佐久間という武士にさらわれて、あちこちの戦に転々と連れて行かれました。たいそうおそろしい思いをし、自由にならぬ身を恨み、寝られぬ夜を過ごすことも多くありました。

そうしていく年か過ぎて、夫の再会することが出来ました。再び一緒に暮らせるようになって、今日に至っています。音信不通だった不幸は恩を忘れたように思えるでしょうが、曲げてお許しください。

  田鶴のゐるあしべの潮のいや増に

     袖ほすひまもなくなくぞふる

                      かしこ》

両親はこの手紙を見て、死んでしまったのかもしれないと思っていた竜子が生きていることを知り、うれし涙を流した。日ごろ神仏に祈ってきた甲斐があるというものである。

父はなんとしても2人を故郷に迎えようと、弥五郎に案内させ、天王寺へ尋ねてきた。しかし数馬夫婦の家があった辺りは、草ぼうぼうの原っぱで、塚が2つ並んでいるだけだった。

100メートルほど離れたところに寺があったので、事情を聞いてみると、その塚は芦崎数馬と竜子きょうだいの墓で、佐久間の陣から葬儀を出したのだという。

父は驚いて娘の手紙をとりだしてみると、そこには墨跡もなく、なんの文字も書かれていない只の白紙だった。父は悲しさのあまり、人目もはばからず泣き崩れた。

その夜はとうとう、その場で夜を過ごした。夜中に数馬夫婦が現れて、父にそれまでの経緯を語った。

「私がここに来たのは、お前たちを迎えるためだ。たとへ死んだとしても、屍でも持ち帰りたい」

「それはいけないわ。一度埋めた塚を掘り返してはいけないの。あの世の定めなのよ。このままここで弔って下さい」

竜子は父の袖を取り、さめざめと泣いたと思ったら、目が覚めた。やむを得ず、その塚に僧を呼び、供物を供え、経をよんで弔った。

故郷に帰った父の話を聞いて、人々は気の毒がった。竜子の両親はよほど落胆したのだろう、間もなく亡くなったと言うことだ。

                     終わり

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