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2009年10月 4日 (日)

ボランティアは遊びだ

10月4日(日)

車椅子と仲間の会、定例会。

たとえば「特養さくら」に行ったとか、「狭山ケアセンター」に行ったとかいうときに、私はその内容を書く気がしない。それなのに、買い物に行ったとか、洗濯をしたとかを書きたがる。買い物というのは、高級品を買いに行くと言うことではなくて、秋刀魚や大根を買うこと指している。こちらもその内容を書きはしないけれども、私の中では、ボランティアも買い物のも等価である。

洗濯や買い物は、生活のために必要なこと。ボランティアはその余力でやるようなもの。

ウーン、参ったぞ。何を書くか考えつかないままに書きだしてしまったから、この先を書き進めても、上手いことまとめることが出来そうもない。

何はともあれ、人間は太古から、生きるために必要なことだけをやってきたのではない。遊び心があるんですね。何か自分が生きていくのに必要なこと以外に、余分なことをやらないと、生きているような気がしないいんです。

  遊びせんとや生まれけむ

  戯れせんとや生まれけむ

  遊ぶ子供の声聞けば

  我が身さへこそ揺すぶられ

だったかなあ。ちょっと違うかも知れないけれど、そんな古遥がある。

生きていくために必要なことは、どうしたってやらなければならない。私が買い物をしたり洗濯をしたりすることがこれに当たる。太古ならば、狩猟採集をすることなどがまさにこれだろう。

狩猟採集の生活から、牧畜や農業を始める時代になると、生活にゆとりが出てくるから、芸術みたいなものも生まれるし、自分で生産をしないで食っていくような者も出る。王様になったりしてね。こんなのが文化なんだろうね。

私はいま、自分で分かりもしないことを書いているんです。文章って変ですね、勝手に進んでいく。・・待てよ、こんな挿入を入れると、思考の流れが中断される。この先をどう書けば良いのだろう。

王様とか、学問や芸術の担い手は、自分が生産に与らなくても喰っていくのだから、それを正当化しなくてはならないわけです。人の労働の対価を奪って喰うわけだから、何のかんの言ったって、心苦しいわけですよ。だから自分たちには当然その権利があると、人々に納得させなければならないのです。その理論を考えて、自分でも信じ、人々にも信じさせるのですね。マルクス主義の言葉を使うならば「搾取」する理論です。

風呂敷を広げすぎてしまって、もう私の力ではまとめようがないや。はじめに帰りましょう。普段の生活に必要なことと、ボランティアがどうとか言うことだったと思います。

王様とか、学問などをする人は、一般の人より立派なことをしているような理論が作られるのですが、本当はそんなことではないのです。生活に必要なことをするのと等価です。ボランティアも同じだと思っています。

やれやれ、やっとまとめたぞ。筋が通っているかどうかは、ともかくとして・・・。

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