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2009年10月17日 (土)

忍びの術

10月17日(土)

御伽婢子・113

忍びの術

武田信玄は今川義元の婿として暮らしていたことがあるので、両家の関係は浅からぬものがあった。しかし義元が信長に討たれてからは、その子、今川氏実を侮って、無礼なことが多かった。

藤原定家の『古今和歌集』を今川家では家宝としていたが、信玄は無理やり借り受けて、返そうとしなかった。そして、信玄の寝室に置いていた。

ところがその『古今和歌集』を、夜の間に盗まれてしまった。信玄の寝室に入れる者は、心を許したごく少数しか居ない。名のある刀や脇差し、金銀などは手も付けられた様子もないのに、『古今和歌集』だけが無くなるというのも、不思議な話である。

信玄は驚いて、甲州、信州に、盗まれた『古今和歌集』がありはしないかと探させた。しかしどこからも出てこない。寝室に入れる者はわずかしかいないのに、その中に泥棒が居るとはゆゆしきことだ、と大いに怒った。まわりの者たちは、怖れて震え上がった。

さて、信玄の家来の飯富兵部が使っている下人に、熊若という者がいた。19歳で、機転が利き、者に動じない不敵なところのある若者である。

武田信玄が信州の割り峠の戦に出たとき、飯富兵部もついて行った。ところが旗竿を忘れてしまった。明日卯の刻(午前5時ー7時)には、飯富は第2陣と定められていたのに、もう日が暮れてしまった。どうしたものかと悩んでいたら、熊若が進み出て、

「私が取りに行ってきます」

というやいなや、走り出した。今から取ってくるなどとは不可能だと、誰も思っていたのに、二時(4時間)くらいしたら、本当に旗竿を持って帰ってきた。

                        続く

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