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2009年10月18日 (日)

忍びの術

10月18日(日)

御伽婢子・114

忍びの術・2

前回のあらすじ 武田信玄の寝所から「古今和歌集」が盗まれたが、犯人は分からず終いだった。その信玄が信州割峠に出陣したとき、飯富兵部が第2陣を努めることになった。しかるに飯富は旗竿を忘れてしまった。飯富の下人熊若が自ら申し出て、考えられない早さで取りに行ってかえってきた。

「どうやって取ってきたのだ」

と聞くと、

「とにかく早くしなくてはいけないと思ったので、甲府まで走っていきました。しかし門が閉められて、人が通ると咎められるので、塀を伝い、垣を越えて、屋敷の戸を密かに開けました。誰にも気づかれずに忍び入って、旗竿を持ち帰りました」

という。

「よくもまあ、往復100里の道のりを、4時間くらいの間に行ってきたものだ。ましてや、用心の厳しいところを人に知られずかえってくるとは・・・。信玄公の『古今和歌集』を盗んだのはおまえか」

「とんでもありません。私はただ早く移動することが出来るだけです。幼いころからお仕えし、裏切ることなど考えたこともありません。今は田舎の父母のことが心配です。願わくば私にお暇をください。そうすればその盗人を捕まえてさしあげましょう」

「暇をやるのは簡単だが、その盗人を捕まえてからだ」

その後熊若は、犯人を捕まえようと人々の様子を見ていた。あるとき、馬鹿に動きの速い者が居たので、話しをするような振りをして、熊若は後ろからその者を取り押さえた。そして飯富の前に連れてきた。

その男は言う。

「熊若ごときに捉えられたのは残念だ。確かに『古今和歌集』を盗んだのは私だ。それは信玄の寝所を見るためだった。あと20日ほどしたら、信玄公を殺す手はずになっていた。私は上州箕輪の城主、水野の家臣である。もとは小田原の風間の弟子だ。ここで捕まったのは残念だが、このうえは早く私の首を討て」

その通り男は首を討たれ、熊若は故郷に帰ったと言うことだ。

                        

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