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2009年10月 9日 (金)

雑炊(銃後の生活・2)

10月9日(金)

水彩画の会。

雑炊

雑炊と言っても、いま食堂で食べるようなものではなく、戦時中の雑炊です

太平洋戦争で、日本が敗色濃厚になったころ、食傷事情は逼迫してきました。さまざまな物が不足し、人々は自由にものが買えなくなりました。とくに困ったのが食料で、米、その他が配給制でした。米の配給は戦後も長く残りましたが、戦争中野戦後しばらくは、その米も満足に配給されない状態でした。

Tati0009 またも幼稚園児なみのイラストですが、説明しやすくするために書いてみました。

これは戦争中、雑炊の配給を受けるために人々が並んでいるところです。食糧の配給を受けるため食券が配られました。その食券を持って、雑炊を買いに行くのです。もう国には1ヶ月分の食料を各戸に渡す力はなくて、配給を受ける国民は、その日の雑炊を決められた米屋なり食堂なりに、ナベを持って受け取りに行くのです。子供の私も、その行列に何度も並びました。

配給の時間は、メガホンで知らされました。各戸から一人ずつナベを持った人が集まります。すると米屋のおじさんが、大きな釜で焚いた雑炊を、ひしゃくで酌んで、その家の人数分だけナベに入れてくれるのです。

雑炊は、菜っ葉やら芋の切れ端やらが、どろりとした汁の中に入っていて、米が少し泳いでいました。子供心にも不味いと思った物です。疎開先で豚の餌を見たとき、雑炊を思い出しました。似ていたのです。

この絵の中の腰に下げているのは防空頭巾で、もし警戒警報のサイレンが鳴ったら、頭に被るのです。空襲のための用心です。

こんな話しも今では知っている人が少なくなったので、昨日の「伏せ!」に続いて、書いておこうかと思いました。

戦争中の銃後の生活について、あと2-3書いておきたいことがあります。

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受信: 2009年10月15日 (木) 12時10分

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