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2009年9月 3日 (木)

無題 修行僧幽霊に逢う・1

9月3日(木)

Tati0009

荒川。上江橋(大宮)付近からのスケッチ。対岸の川岸に男が1人いるのですが、分かるでしょうか。川合玉堂の絵やスケッチには、画面の目立たないところに生活感のある人物が小さく入っていたりします。私はあれが大好き。

御伽婢子・90 

修行僧幽霊に逢う・1

隅屋藤九郎は楠の一族で、畠山義就(ハタケヤマヨシナリ)の部下であった。戦では数々の手柄を立てたが、最後に討ち死にをした。

その子、藤四郎は同じく義就に仕え、応仁の乱で死亡した。親子二代にわたって忠義をつくしたので、義就は藤四郎の弟藤次に河内の国門間の庄を知行地として与えた。知行地を与えられたといっても、まだ5歳である。母と二人で住んでいた。

あるとき、巡礼の聖がその近くにやってきた。日はすでに暮れようとしている。どこかに宿はないものかと門間の辺りで佇んでいると、幽かに横笛の音が聞こえる。振り向くと、笛を吹きながら歩いてくる者がいる。

近づいてみると14・5歳の少年である。見目美しく薄化粧をし、髪は頭の上に二つの輪を作って結っている。ただ一人田の畔を歩きながら、僧の近くまで来た。

「坊様はなんでこんなところに立っておられますか?」

「私は諸国修行の者ですが、日が暮れたので、どこかに宿はないものかと周りを見ているのです」

少年は少し笑って、

「いまは物騒な世の中です。なかなか宿を貸してくれるところもないでしょう。たとえお坊様だとしても、人を騙そうとしているのではないかと疑われます。うろうろしていれば、怪しい奴だと思われて、命を落とすようなことにもなりかねません。もう夜が更けました。私の家においでなさい」

「それはありがたい。ぜひお願いします」

少年は修行僧を自分の家に案内した。

「もう家の者は寝ているだろうから、こちらからどうぞ」

少年は裏口から内にはいる。中には持仏堂があり、阿弥陀三尊を祭り、机の上には三部経が置いてある。又、先祖の位牌には供物があり花などを供えている。感心して聖は読経し念仏を唱えた。

                       続く

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