« 金閣寺の幽霊と契る・2 | トップページ | 金閣寺の幽霊と契る.3 »

2009年9月30日 (水)

田辺聖子『古典の森へ』

9月30日(水)

精障者作業所「みちくさ」へ。

文字盤や振り子を木材にして時計を作ろうとしている。試作品のに取りかかる。

ユーモアのある随筆を読むのが好きである。だから、たとえば、田辺聖子、佐藤愛子、遠藤周作、北杜夫、などの随筆は好んで読む。

田辺聖子の『古典の森へ』を読み終わったところだ。正確には随筆ではなくて、田辺聖子が毎日の編集者山崎れいみ、児童文学者の工藤直子に話したものを、工藤直子が書き留めたものである。話はあちらへ飛んだり、こちらへ飛んだりしながら、自由な語り口になっているので、肩が凝らない。

私は何事も広く浅くのほうだから、古典も少しは読んでいるけれど、注釈を見ながら読んでも、満足に分かりはしないのである。『古典の森』を読んで、読みたくなった古典がある。それは『落窪物語』だ。日本版シンデレラだそうである。『源氏物語』のような深い感動はないけれども『落窪物語』の方はゲラゲラ笑って楽しめるのだそうだ。私にはそういうのが良いね。

もう一つは『俳風柳多留』。これは前から読みたいと思っていたものだけれども、

   死に水を嫁に取られる残念さ

   抱いた子にたたかせてみる惚れた人

   もてぬやつかんらかんらとうちわらい

なんて。1句目、それは残念でしょう。世の中皮肉なものだ。2句目、本当は自分がたたきたいのにね。抱いた子というのは、もちろん自分の子ではない。3句目、超然としている振りをして、本当は悲しい。高笑いする自分の声が虚しく響く。

やはり読んでみたいなあ。

|

« 金閣寺の幽霊と契る・2 | トップページ | 金閣寺の幽霊と契る.3 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/118203/31586317

この記事へのトラックバック一覧です: 田辺聖子『古典の森へ』:

« 金閣寺の幽霊と契る・2 | トップページ | 金閣寺の幽霊と契る.3 »