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2009年9月22日 (火)

スケッチをし損なう 金閣寺の幽霊と契る・1

9月21日(月)

スケッチをし損なったこと

昨日、竜門峡へは、スケッチの用意をして出かけた。しかし歩道は狭く、落ち着いてスケッチの出来るような所はあんまりありませんでした。

Tati0009

途中、休憩舎が1ヶ所あり、そこで昼食のパンを食べながら書いたのがこれ。この出来の悪い1枚だけが竜門峡でのスケッチです。

Tati0010

見てお分かりのように車内スケッチ。左側の女性はかなり美人だったのですが、画家の腕が「いかがなものか」。こんな風に描かれたなんて知ったら、きっと真っ赤になって怒るよ。美人に色っぽく怒られてみたいな。

デジカメ写真のプリント

先日、車椅子の会のバス旅行で、写真を撮るように頼まれて、何枚かの写真を撮った。バカチョンカメラしか扱えない人間だから、いずれ大した写真は撮れない。その写真を組み合わせて印刷しようとしたら、なんとしても印刷できなかった。「原因不明で印刷が中止されました」なんて言うメッセージが出てくるのである。アッチをいじったりコッチをいじったり、パソコンを再起動させたりしたが、どうしても駄目だった。

暫く悩んだあとで、「ははあ」と自得するところがあった。実は前にも、ブログで似た経験をしている。写真を組み合わせるとき、すんなりと挿入すればいいのだけれど、挿入したあとで、順序を変えたり、大きくしたり小さくしたり、別の絵と入れ替えたりをくり返すと、パソコンの方が混乱するらしい。

「ほんとにこのパソコンは頭が悪いんだから」などと独り言を言いながら作業をしたのだが、なあに、はじめからすんなりと組み合わせられないこちらの方が、頭が悪いのサ。

よく考えて、すんなりと写真を組み合わせたら、すんなりとプリントできました。苦労した私は、ぐったりしました。なんてね。

御伽婢子・99

金閣寺の幽霊と契る・1

中原主水正(ナカハラモンドノカミ)は美男と評判が高く、色好みで、26歳になるのに結婚もしていなかった。春には花に浮かれて風を恨み、秋には月を愛でながら雲に心を痛めた。官職は得ていたが、もっぱら風流を友としていた。

天永乙酉(キノトトリ・1522年)3月(旧暦です)、思い立って北の京に遊び、暮れゆく春の名残を惜しんだ。その辺り一帯をさすらって、最後に金閣寺に近くまで来た。征夷大将軍源義光(足利義満)この地に家を建て移り住んだのだが、崩御されて後、寺にしたのである。庭の築山泉水の立石、たぐい無き絶景の地である。

中原がここまで浮かれ来たときは、すでに日が暮れて、朧月が東の方に上がっていた。春宵一刻値千金とか、花に移ろう月の影、木の元も立ち去りがたい。近くの家に1夜の宿を借りたが、寝られもせず、敷石をめぐり、こけむした道を踏んで、金閣寺まで来た。

義満公が崩御されて、すでに118年。その昔はさしも賑やかだったが、今は住む人も稀になり、いしづえは傾き、柱は朽ち、わずかに金閣ばかり昔の面影を残している。

主水は軒に立ち寄り、欄干に寄りかかって、時の移ろいを感じ、月に思いを寄せ、桜のこぼくに花が少し残っているのを見て、1首。

   桜花いざこと問わん春の夜の

       月はむかしも朧なりきや

桜の花よ、あなたに聞きます。春の夜の月は昔もこのように朧でしたか?

                          続く

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