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2009年9月20日 (日)

清潔と不潔 下界の仙境

9月0日(日)

清潔と不潔

 私の中に、清潔と不潔が同居している。

 若い頃から、髪をとかすのが面倒くっさかた。「髪の毛の個性を大切にする」などと負け惜しみを言って、ぼさぼさの髪で平気だった。ひげは時々しか剃らないし、靴を磨くのも嫌だった。よほど靴が汚れてくると、蛇口の下に持って行き、たわしと石けんでざぶさぶと洗った。着る物についても、暑さ寒さを防げる物で良い、と言う考えしかなかった。

 随分不潔そうだけれども、風呂は毎晩は入らないと気が済まなかった。同じ下着を2日続けて身につけるなどと言うことは、もっとも嫌うところだ。

 このような性格は、今でも続いている。髪の毛は半分以上なくなってしまったし、若い頃のような剛毛直髪ではない。梳かそうが梳かすまいが、さほどの変わりはない。信じようと信じまいと、櫛やブラシを、私は何年も使ったことがない。ブラシはどこかにあったような気がするけれど、多分わが家には櫛がない。「多分」と書くのは、櫛を探したことがないからである。

 そんな私でも、今でも風呂は毎日入る。下着は毎日取り替える。洗濯物を取り込んで、その山の中から着る物を探すようなことはしない。洗濯物は必ず畳んで、一度はタンスの中に入れる。妻に死なれて10年を超えるが、この習慣だけは変わらない。

 もう一つ付け加えれば、万年床にはしない、と言うのがある。一人で生きているのだから、布団を敷いたままにしたところで、誰も文句は言わないけれど、これだけはしてはいけないと心に言い聞かせている。しかし、布団のまわりは惨憺たるものだ。寝ていて手の届く範囲に、辞書やら本やら、筆記用具やら、その他あらゆる物が散乱している。

総合的に言うならば、私はあまり清潔好きの方ではないと思っている。その証拠は掃除で、これは家事の中でも一番苦手です。部屋の中に綿埃が目についても、一度くらいは見なかったことにします。そうかと言って、ゴミの山の中で暮らすというのは、やっぱり嫌ですね。最低限の掃除はしています。

御伽婢子・98

下界の仙境・2

前回のあらすじ 太田道灌が江戸城を造ったころ、江戸は水に不自由していた。ある金持ちの町民が抗夫を雇って井戸を掘らせた。何百メートルも掘ったがやはり水は出ない。その穴の底で、抗夫は地下の別天地を見つけ、その宮殿に行き着く。

抗夫の世話を命じられた者は、抗夫を清い滝の元に連れて行き、体を洗わせた。次に、乳白色の滝の元に連れて行き、口をそそがせた。その水は甘く、密のようである。抗夫は心ゆくまでその水を飲んだ。まるで酒に酔ったような心地がして、暫くすると、身も心も爽やかになった。

抗夫は係の者に案内されて、半日ばかり、宮殿楼閣を見て回った。それは谷ごとにそそり立っているのだが、抗夫は中に入ることは許されず、外から眺めて中の様子をうかがうだけである。おそらく中は、美をつくし、善を尽くした豪勢なものだろうと想像するばかりである。

「一体ここは、どんな所なのですか」

と抗夫は案内の者に聞いた

「修行をして仙人になった者が、まずやってくるのがここです。ここで70万日修行をし、悟りを得て、終わったら天上に行き、それぞれの役割につくのです」

「仙人の世界ならば、天上にありそうなものなのに、地下にあるとは不思議です」

「ここは下界仙人の国なのだ。人間世界の上に、上界仙人の国がある・・・だけど、おまえはもう人間世界に帰りなさい」

案内のものは抗夫を乳白色の滝の元に連れて行き、またその水を飲ませた。そして抗夫が入ってきた岩穴の所まで連れて行った。

「おまえは今日の出来事を、半日くらいのことと思っているだろうけれども、人間世界では何十年も過ぎている。とにかく、もう帰りなさい」

抗夫が穴を出ると、そこは富士の裾野の洞穴だった。まわりの人に聞いてみると、太田道灌が江戸城を造ったのは100年以上前だという。

江戸では、昔、深い井戸を掘らせた者がいるなどと言うことを知る人もなく、抗夫を知る人も無かった。

その後抗夫は五穀を断ち、木の実を喰らい、山の水を飲み、足にまかせて修行した。富士の裾野で逢ったという人もいたけれど、何処のどう消えたか知る人はいない。

                            終わり

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