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2009年8月24日 (月)

意識の流れ 邪神を責め殺す・3

8月24日(月)

若い頃は、いつも何かを考えていた。何かを考えていたといえば偉そうだけれども、あの娘の気を惹くためにはどうしたらいいか、などと考えるいる時間が多かった。深い思索にふけっていたわけではない。ただ、気がつくと何かを考えているのだ。人間は、起きているときに何も考えていない時間なんてあるのだろうか、と疑問に思ったほどである。

それがいまはどうだろう。気がつくと、何も考えていないのだ。時々、少しは考えるけれど、あんまりまとまったことは考えませんね。何かを考えているときだって、常に雑念が入ってくる。

今ブログを書いていますが、意識は書くことに集中しているわけでもないのです。そう言えば冷蔵庫の野菜がもう無かったな、明日買いに行かなくちゃ、なんて思いが、ふとよぎります。それからあらためて、さっきまで書いていたことの続きを考えるのです。「考えるのです」と書いた尻から、何だか耳が痒いナアだとか、家の前の99円ショップは模様替えして明るくなったなあ、ァ、いま客が入った、テナ調子で、意識はあっちへ飛んだり、こっちへ飛んだりします。

今日のブログは、意識がちゃらんぽらんに動くことを主題にしているけれど、何か一つのテーマで書くときだって、頭の中には関係のないことも浮かびます。そのようにいろいろと頭に浮かぶことの中からテーマにあったことを拾い上げて、何とかまとめるのが私のブログかな・・・いつだって、まとまった文章になんかなっていないぞ、テナ声が聞こえそうだ。だから今日も、まとめを書かずに、これで終わり。

御伽婢子・83

邪神を責め殺す・3

前回までのあらすじ 常陸の国、筑波山の麓に小さな社があって、そこの神は散米や御神酒を上げないで通りすぎる者には災いを与える。旅の僧、性海がお経を上げただけで通りすぎると、妖怪が後を追いかけてきて、とり殺そうとした。性海は何とか逃げ切って、鹿島明神に辿り着き、自分がなぜ追われたのか理由を知りたいと祈った。その世の夢に、明神が現れて、家来に言いつけて白髪の老人を連れてこさせる。明神はその老人を責める。「おまえも神の1人だ。なんで国人を苦しめるか。その罪は重いぞ」

老人は平伏して答える。

「確かに私は末社の神だけれども、大蛇に社を乗っ取られました。やむを得ず、傍らの木の根元を住みかにしています。災いを起こしているのはこの大蛇の仕業です。私はとてもこの大蛇を抑える力がありません」

「ならば、なぜそのことを訴えてこないのか?」

「この大蛇は妖術が巧みで、鬼神や悪霊を家来にし、私が訴えに出ようとすると取り押さえられ、住みかに閉じこめられます。今日は明神のお召しなので出てくることが出来ました」

話を聞いて明神はその社に軍勢を差し向けた。数時間後、軍勢は大木に大蛇の首をくくりつけて持ち帰った。その首は5トントラックにやっと積めるほどの大きさである。角は尖り、耳は大きなベニヤ板のようである。口は耳まで裂け、目は焼けただれた鉄板のようである。その目をふさがないで死んでいる。

「訴えはこれで解決」という声が聞こえて、性海は夢から覚めた。

性海が昨日の神社へ行ってみると、社も鳥居も焼き払われて、木も草も折れ、砕けて、300メートルもありそうな首のない蛇が横たわっていた。正夢だったのである。

                          終わり

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