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2009年7月22日 (水)

日食 遊女宮木野・1

7月22日(水)

Tati0009

Tati0010

入間川のスケッチ。西武線仏子駅の近くです。自転車で、あちこち寄りながら辿り着いたので、もう1度同じ所へ行けと言われても、果たしてたどり着けるかどうか疑問です。例によって、出たとこ勝負方式なのです。

今日はとから列島や硫黄島などで皆既日食。とから列島は、曇りや雨で見えなかったようですね。東京や埼玉でも、曇りで、部分日食が見られませんでした。

まだ小学生だったか、あるいは中学生になっていたのか、疎開先の秋田で、部分日食を見た経験があります。昭和20年代で、それも前半の方でした。たしか、北海道の礼文島で金環食があったはずです。礼文島の名をその時覚えました。

今では、そんな見方をしてはいけないと言われているようですが、ガラスのかけらをすすで曇らせて太陽を見た記憶があります。貧しい時代です。ガラスをすすで汚した以外の器具を持っている人なんて、私のまわりには誰もいませんでした。ガラスをすすで黒くして見るという方法は、多分、学校の先生に教えてもらったと思います。危険な方法だったんですね。目が潰れた人はいなかったけど・・・。

御伽婢子・58

遊女宮木野・1

宮木野は静岡の遊女であった。美人で字が上手く、和歌の心得があり、情が深かった。そのため風流人の間では人気があり、もてはやされた。

8月15日の夜、風流人が宮木野の宿に集まって、十五夜の歌を詠んだ。宮木野の歌二首。

   眺むればそれとはなしに恋しきを

        くもらばくもれ秋の夜の月

   いく夜われおしあけがたの月影に

        それと定めぬ人にわかるる

この歌は、もし自分が宮木野の立場だったら、きっとそう思うだろうと、一座の者たちは感じ入った。

その一座の中に、藤井静六という者がいた。先祖は役人であったが、野に下り、この地に住みつていた。田畑を多く持って、豊かに暮らしている。

静六は情が深く風流を好んだ。この一座にあって、宮木野に一目惚れしてしまい、大金をはたいて身請けしてしまった。

富裕な生活をしているのだから、どのような娘だって娶ることが出来るのに、遊女を娶るとはなんとしたことかと、母は不満であった。しかしせがれが気に入ったのであれば、なんともしがたいと思って、心ならずも二人の結婚を認めたのである。

ところが、一緒に暮らしてみると美人と言うだけではなくて、こころざしがすぐれて優しい。たとえ大名の娘でも、人の道に外れるような者ではしょうがない。出自はどうであれ、この娘は人の道をわきまえていると母は思った。わが子が好きになったのももっともだと思い、母は嬉しかった。

宮木野の方も、よく姑に仕え、孝行の限りを尽くした。

                         続く

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