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2009年7月31日 (金)

何か嘘くさい 白骨の妖怪

7月31日(金)

政治家の公約って、なにか嘘くさいんだよね。あんまり守られないからだね。近ごろはマニフェスト、マニフェストとうるさいけれど、これは政党の公約と言うことだろう。どうしても請けの良いところを書く結果になるだろうし、投票してもらうのだから、ある程度はやむを得ないとも言える。

今日、自民党もマニフェストを発表したはずで、まだ私は読んでいないけれど、これで主な政党のマニフェストが出そろったことになる。

今の日本の政治は、一方で落ちこぼれを作るような仕組みにしながら、他方の手で福祉にも力を入れているような振りをしている。なんか嘘くさいのだ。

企業や団体に対する援助を捨てても、この辺でベーシックインカムを考えてみるべき時期に来ているのではないだろうか。

特養さくらへ。

今日は3F。痴呆の進んだ人達相手。歌を唄ったり、私はグウを出しますから皆さんはそれに勝つのを出してくださいね、と言ってじゃんけんをしたり。何とかして皆さんと遊ぶ算段。

御伽婢子・63

白骨の妖怪

長間佐太は岐阜の人である。文亀丙寅の年(1506年?)幕府の軍役にかり出され、京に上った。その軍役が終わっても、国には帰らず

  わすれてもまた手にとらじあずさ弓

       もとの家路をひきはなれては

と詠んで道心を起こし、都の北に庵を結んだ。

さすがに乞食も出来ないので、北山の薪を買い受けて都に運び、わずかばかりの利益を上げ、餅を食い、酒を飲んだ。酒に酔うと、自分の尻を叩き、歌を唄いながら庵に帰った。

時には寺に行き、庭を掃除し、仏前のちりを払い、その軒先で夜を過ごすこともあった。

粗末な着物を身につけ、肩や裾が破けても、一向に気にする風もなかった。

ある人が同じ郷土と言うことで同情し、小袖一つと、銭300文を与えた。しかし4・5日すると、佐太はこれを返しに来て、こう言った。

「ものを蓄えるというのは妻子のある者にとって必要だろう。私は独り者だ。食事は、食えれば喰い、食えなければそれまでで、行く先何処にでも寝泊まりする。それが自由気ままでなによりだ。ところが小袖や銭を家に置いていると、泥棒が来やしないかと気になって、戸締まりをして出かけるし、出れば出たで、早く帰らなくてはと思う。これでは私の楽しみが無くなってしまう」

ある日、北山に行って帰りが遅くなった。道の傍らに崩れた墓があって、中から松明を灯すような光が見えた。佐太はもともと肝っ玉の太い男なので、中を覗いてみた。

そこに見たのはひとそろいの骨で、人間が寝たような形で白骨になっていて。その白骨がむっくりと起き上がって、佐太の首に抱きついてきた。佐太が思いっきり突き放したら、骨はバラバラに砕けて、再び動かなかった。

その後の佐太については、何処でどうしたのか、誰も知らない。

                        終わり

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