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2009年6月10日 (水)

片付けられない人 牡丹灯籠

6月10日(水)

少し前、部屋の中がゴミの山になっている人達を、テレビでよく放送していた。私はあれほどではないけれど、片付けられない方の人間です。

家の中がきちんと片づいている人は、他のことでも、きちんと整理の出来ている人だろうと思う。ものを考えるのでも、理路整然としているのだろう。家を訪ねても気持ちがいい。しかし、あまりきれいだと、「潔癖性」じゃないかな、などと考えて、つきあうのも肩が凝りそうで、近づきがたい。

私の家の床の上にはさまざまな物が置いてある。読みかけの本、カセットラジオ、調べ物をしたときの辞書類。靴下、筆入れと鉛筆、ティッシュペーパー、タオル、新聞、買い物袋、メモ用紙、etc。なんでそうなるのか、原因は分かっている。床に、ちょいと置いてしまう。あとで片付けるつもりだが、取りあえず床に置く。この「取りあえず」がいけないのである。

居間には、食事用の座卓が置いてある。この座卓の上がまた、物置場になっている。眼鏡、爪切り、耳かき、メンソレータム、ボールペン。それに、本やら辞書やら、床に置いているものとさほど変わらない。はじめから座卓の上においたものもあるが、床から座卓の上に「取りあえず」移動させたものも多い。

だから食事をするときは、食器を置くスペースを作るために、さまざまな物を押しやらなければならない。

そんなことでどうにもならなくなってくると、意を決して掃除をする。今日はその、掃除をする日でした。こまめに掃除をしている人と違って、掃除には時間がかかります。

そしてまた明日から「取りあえず」がはじまる。

御伽婢子・26

牡丹灯籠

毎年7月(旧暦)の15日から24日までは、精霊のために棚を飾り、灯明を灯す。また、いろいろな灯籠を作って、祭りの棚に飾ったり、町では軒に吊したりする。都では、それを見ずに道を通ることなど出来ない。また、踊り子が出て、美しい歌声に合わせ、しなよく踊る。都は、どこもかしこもそんなもだ。

1548年、五條京極に萩原新之丞という者が住んでいた。最近妻を亡くし、ふぬけのようになって、涙に暮れている。精霊の祭りも今年はとりわけ悲しく、経を読み、回向して、家の中に引きこもっていた。何とか元気づけようとして友達が誘いに来ても、一向に外出しようとしない。家の門の辺りにぼーうと立って、力のない目で外を見ているだけである。

  いかなれば立ちもはなれず面影の

     身にそひながらかなしかるらむ

いつまでも妻の面影を求め、悲しみの涙を拭っていた。

十五日の夜更け、浮かれ遊ぶ人達も稀になったころ、二十歳ばかりの美人が十四,五歳の女の子を連れ、牡丹の花の灯籠を持たせ、ゆっくりと歩いて通りすぎた。心なしか、亡き妻の面影がある。

蓮のような目、楊のようにたおやかな姿、眉も髪もこの上なくあでやかである。月の光の下でその姿を見て新之丞は心を奪われた。これは天女ではないか、あるいは竜宮城の乙姫か、とても普通の人ではない。新之丞は憑かれたようにその後についていった。

1〇〇メートルほど跡を付けると、女は、やさしくしっとりと上品なようすで振り返った。少し笑顔を見せている。

「私は主人がいる身ではありませんのよ。今宵月に誘われて外出しましたが、こんな夜更けに帰るのは、恐ろしゅうございます。送っていただきたいわ」

                           続く

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