« メンタムは乾燥肌の友 夢のちぎり・3 | トップページ | 狭山市に前方後円墳? 棺から死人がよみがえること »

2009年6月29日 (月)

エロサイト、いい加減にしろ! 一睡30年の夢

6月29日(月)

ブログを開いて、まず最初にすることは、エロサイトの削除。なんでこんなに沢山、エロサイトのトラックバックが付くんだろう。それにもう一つ煩わしいのが、芸能人の裏情報みたいなもの。誰が誰と寝ようと別れようと、どうでもいいことだ。それと、何かを売りたい話。そんなもの全部入らないけれど、削除しそこなっているのも沢山ある。いい加減にしろ! って感じだ。

精障者作業所Mへ。野菜が収穫期。インゲン、ナス、など。

御伽婢子・39

一睡30年の夢

1531年、細川高国と細川晴元の戦があり、高国は敗れて自害した。高国の家来遊佐七郎は浪人になって、ひなびた田舎に隠れ住んでいた。

世の中が落ち着いてきたので、京に上って、仕官の口を探そうと思い、召使いを1人連れて、都に向かった。山崎の宝寺と言うところに詣でて一休みしていたら、まぶたが重くなってきた。

寺の門前に出てみたら、男が籠に山桃を入れて休んでいた。遊佐が誰の家来か聞いてみると、「交野治左衛門」に使われるものだという。

「交野は将軍家の家来で、ある戦いで討ち死にをしました。一人娘が石尾源吾という人の妻になったのですが、その石尾も三好に討たれてしまいました。まだ21歳の若さです。その母は才覚のある人で、娘に婿を取りたいと考えています。由緒のある家なので、家督を譲りたいと考えているのです」

交野の妻は、遊佐の伯母である。しばらく音信不通だったけれども、山崎に住んでいることが分かり、訪ねていくことにした。

その家に着くと、伯母は大いに喜び、こもごも積もる話しをした。交野の家は大方討ち死にをして、残されたのは一人娘だけどと言う。

「おまえは私の甥だ。何も京へ上るまでもあるまい。私の娘と結婚しなさい」

という。娘を見ると、これがなかなかの美人である。遊佐七郎は嬉しくなって、その申し出を受けた。

二人が結婚してしばらくすると、京都から使いがあり、七郎を仕官させるという。河内守に任じられた。七郎は将軍にことのほか気に入られ、トントン拍子に出世した。山崎に立派な家を作り、召し使う侍、出入りする者はきわめて多く、門外には使者として尋ねてくる者の馬がいつも繋がれていた。

結婚してすでに30年もたち、7男3女を儲けた。男子はそれぞれ出世し、女子は名門に嫁いだ。内孫、外孫、あわせて孫は8人。一家の繁盛はこのうえもなかった。

そこへ思いがけず3000騎あまりの敵が攻めてきて、四方より火を放ち、ときの声を上げて攻めてくる。妻子は泣き叫び、家人は落ちのびた。もはやこれまでと切腹しようとしたが、すでに敵は目の前に来て、うちかかってくる。一太刀二太刀、相手の刃を交わし、汗みどろになったところで、目が覚めた。夢だったのである。

傍らに召使いがいる。およそ2時間ばかり寝ていたらしい。その間に30年の夢を見たのだ。思えばこれは邯鄲の夢である。良くも悪くもこの世は夢と悟って、七郎は出家し、高野山に籠もって修行者となった。

                      終わり

|

« メンタムは乾燥肌の友 夢のちぎり・3 | トップページ | 狭山市に前方後円墳? 棺から死人がよみがえること »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/118203/30340232

この記事へのトラックバック一覧です: エロサイト、いい加減にしろ! 一睡30年の夢:

« メンタムは乾燥肌の友 夢のちぎり・3 | トップページ | 狭山市に前方後円墳? 棺から死人がよみがえること »