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2009年6月 9日 (火)

日原鍾乳洞 鬼谷に落ちて鬼となる・4

6月9日(火)

日原鍾乳洞とその周辺の散歩。

日原鍾乳洞には、独身時代に言ったことがある。待てよ、今も女房に死なれて独身だ。言い直します。日原鍾乳洞には前期独身時代に行ったことがあります。今は後期独身時代かな?それとも晩期かな?ひょっとすると終末期だったりして・・・。

だじゃれから入ってしまいました。とにかく、50年ぶりくらいに日原鍾乳洞へ行き、周辺を散歩してきました。日原への道は昭和40年ころに山崩れで不通になったんだそうですね。昭和50年代にトンネルが完成して、今の道になったのだそうです。

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鍾乳洞の入り口と、入ってすぐのところです。通路は狭かったり天井が低かったり、急な階段があったりで、うっかり歩いていると、私のように頭を天上にぶつけたりします。私は2階ほどぶつけました。頭に手を当てると、血が出た後の瘡蓋が2カ所あります。ドジですねえ。帽子を被っていてもこのありさまですから。大した怪我ではありません。血が出たらしいことは、家に帰ってから知りました。

Imgp1505 鍾乳洞のすぐ傍に梵天岩というのがあります。その上流に小川の大滝があって、鍾乳洞で一緒になった人が、「川の砂利をさかのぼってもいける」と教えてくれました。「私は上の道を行ったけれど下で写真を撮っている人がいた」というのです。

それならばと思って川を遡っていったところ、何回も川を徒渉しなければなりませんでした。最初の徒渉は裸足になって、ズボンを膝までまくり上げて渡りました。子ども時代は何でもなかったのに、裸足で石の上を歩くというのは、足が痛いですなあ。それに懲りて、2回目からは靴下だけを脱ぎ、登山靴のままざぶざぶと渡りました。

滝の近くまで行くと、沢歩き用の完全武装した写真家が、3脚を立てて写真を撮っていました。その写真家が、最後の徒渉の浅瀬を教えてくれました。

Imgp1511

Imgp1515 下の写真は同じ滝を横から見たところですが、上の方が岩に隠れて見えません。水量の豊かさを感じて貰えるでしょうか。

Tati0009

最後はまたしても、下手なスケッチ。

御伽婢子・25

鬼谷に落ちて鬼となる・4

前回までのあらすじ 蜂谷孫太郎は敦賀への旅の途中で日が暮れてしまい、妖怪や夜叉、仏像のお化けに会い、何とか逃げ出した。野原に何人もが座っているのが見えたので、ホッとして近づくと、それもまた首のない妖怪で、こんどは逃げるとき、穴に落ちた。落ちた先は鬼の国だった。

孫太郎は手かせ、首かせをされ鬼の大王の前に引きずり出された。大王は怒っていった。

「おまえは少しの学問を鼻に掛け、鬼も幽霊もいないなどと、舌先3ずんでいい加減なことを言いふらした罪は重い。この者を打て」

家来の鬼たちは、棒きれなどを持って孫太郎を打ち据えた。

「よし、今度は伸ばせ」

鬼たちが孫太郎の体を引っ張ると、孫太郎は竹のように細くなった。

「押しつぶしてみよ」

孫太郎は団子のようにこねられて、カニのように平なった。

「まあそれぐらいにしておこう。しかしこのまま返したんではおもしろくない。お前たち思い思いに何か付け足してやれ」

あるものは孫太郎に角を付けた。他のものは嘴を付けた。赤い髪を付けるもの、青光りする目を付けるものなどもいた。こうして孫太郎は人間世界に送り返された。

家に帰ったところ、妻も使用人も、皆逃げていく。自分が孫太郎であることを説明して、何とか分かって貰えたが、妻は孫太郎の顔や頭に布をかぶせて隠した。子どもたちは絶対に孫太郎には近づかない。

孫太郎は悲しむより他はない。戸を閉め、外に出ず、食事も取らずに死んだ。その後、もとの孫太郎の姿で現れて、家の中を歩くことがあったが、仏事を営んだら、2度と現れなくなった。

                       終わり

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