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2009年6月18日 (木)

ちゃらんぽらんのすすめ 梅花屏風・4

6月18日(木)

うつ病の人でもない限り、自分で自分を評価するときは、大甘になるものです。私だって、自分の評価は高いからね、人が見るよりは・・・。自分自身を客観的に評価しようと思ったって、なかなかそうは行かないのです。本当は鬱の人だって、自分の評価は高かったのだと思います。にもかかわらず、自分の思う通りに出来ないので自分を責めるのでしょう。はじめから諦めきっている人なんか、鬱にはならないと思います。

私は失敗した時や上手く行かなかったときは、いつでも言い訳を言います。言わなくても考えます。やることは駄目でも、言い訳なんか上手いんだから・・・。

自分で言うのも何ですが、私は、まあまあ真面目です。でも暢気です。ちゃらんぽらんな真面目さです。真剣になって、脇目もふらずに何事かをやる真面目さではありません。だから思うように行かなくても、ショックが少ないのです。

肉体の病も精神の病も、数え上げたらキリもないほど沢山あります。本当は精神の方は少しいかれているかも知れないけれど、少なくとも外見的には、私は正常な部類に入ります。・・・と思っているけれど、これは自己評価が高いせいの逆上せかな? まあとにかく、自分では正常だと思っている。八〇八病だとか四万四病だか知らないけれど、数ある病気の間をくぐって正常でいられるというのは、多分、ちゃらんぽらんだからですね。

御伽婢子・31

梅花屏風・4

前回までのあらすじ 中納言藤原基頼は京の戦乱を避けて大内義隆を頼り、山口に来ていた。しかるに山口にも戦乱があり、大内義隆は自害した。その騒ぎで中納言は舟に財宝を積んで、京に帰ろうとした。ところが船人が悪心をおこし、中納言たちは海に放り出され、北の方は船人の家に囚われのみになった。ある夜、北の方は裸足で逃げ出し、寂れた寺に逃げ込み、尼になる決心をする。剃髪し、法名を梨春とした。

梨春はもとより教養があり、読み書きの良くできる人だったので、教典の理解は早く、出家して間もなく、深い理を悟った。院主の尼公さえ、梨春に聞いて文義を悟るほどだった。その頃の梨春の歌。

  中なかにうきにしずまぬ身なりせば

       みのりの海のそこをしらめや

常に奥に引きこもり、中なか人に会うこともない生活が続いた。

あるとき市井の人が来て、院主の尼公に経を読んでもらい、お布施として布地を捧げ、供養のために一副の梅の絵を仏前に置いた。尼公はこれを屏風に掛けた。梨春がこれを見ると、まさに自分たちが舟に積んだ絵である。

「この絵をどなたが持ってこられたのですか」

「この寺の檀家の船乗りです。噂では人を殺して財宝をかすめているとも言います。本当のところは分かりません」

間違いなくあの男だと思いながらも顔には出さず、梨春はその絵の上に歌を書いた。

  わがやどのうめの立枝を見るからに

         思いの外に君や来まさむ

尼公は梨春がなぜそのような歌を書いたのか分からず、ただその筆跡の美しさを褒めただけである。

広島の品治九兵衛という者がこの寺に来たとき、絵と歌を見て、何か曰くがありそうだと思った。そこで尼公に頼んでその絵を譲り受けた。

                          続く

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