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2009年6月 6日 (土)

命の悲しさ 鬼谷に落ちて鬼となる・2

6月6日(土)

いわば、これは昨日の日記です。昨日はブログの保存に失敗して、書き直しています。

昨日、特養老人ホームSにいきました。Sでは、2Fに通常の年配者、3Fに認知症の人が入居しています。昨日のボランティア先は3Fでした。昨日私が接した人のことを、少し書いてみようかと思います。

認知症の人も、程度はいろいろで、何とか話の通ずる人もいれば、ほとんど通じない人もいます。話が通ずると言っても、たとへば昨日の場合「私の夫は死んでいるのか生きているのか忘れた」といっていました。そのように、どこかおかしいのです。

話しかけても無反応な人や、何かしきりに話しかけてくる人もいます。何を言っているのか、こちらもいろいろと想像力を働かせるのだが、意味の取れない人も多い。そのような人でも、握手をすると、その手をなかなか離してくれなかったりする。

幼いころN権現に預けられ、そこから学校に通わせてもらい、そこからお嫁に行った、という人もいました。N権現のことを感謝しながら話していました。N権現というのは、私などがハイキングで訪れたことのある権現様です。

「歳をとるとみんなこうなるのか。若い人も歳をとったら、今の私の苦しみが分かる」と言った人もいます。自分の認知症が進んでいくことを意識しているのかも知れない。

命の悲しさである。

御伽婢子・21

鬼谷に落ちて鬼となる・2

前回のあらすじ 蜂谷孫太郎という者が、今の福井県の辺りに住んでいた。儒学を少しばかり学んでいたが、半端な知識で、仏法のことは馬鹿にしていた。まして鬼神や幽霊などは信じていなかった。あるとき敦賀に出かけ、途中で日が暮れてしまった。辺りに人家もないので、松の根方で休んでいると、戦乱の後なので、まわりには白骨死体もあった。梟が啼き、狐火が光り、なんとも心細い。

周りを見れば、人の死骸が7つ8つ西を枕にして倒れている。渺々と風が吹き、雨が降り出した。稲妻が光り、雷鳴がとどろく。すると倒れていた屍がむっくりと起き上がり、よろけながら孫太郎の方に歩いてくる。逃げ場は無し、孫太郎は松の木にしがみつき、必死になって登った。屍たちは松の木の下に集まり、「今晩こいつを引っ捕らえよう」と喚いている。

孫太郎がふるえていると、程なく雨が止み、月が輝きだした。すると、どこからか夜叉がやってきた。全身は青く、角が生え、口は耳まで裂けている。髪は乱れに乱れている。

夜叉は松の下にいる屍を掴み、首を引き抜き、手足を折り、むしゃむしゃと食べ出した。まるで芋か瓜を食うように無造作に食っている。そして屍を食い尽くすと、大地を揺るがすようないびきを立てて、松の根方に寝てしまった。

松太郎は生きた心地がしない。今のうちに逃げようとして静かに松を下り、早く逃げたくて、慌てて走り出した。それがいけなかった。走る音に目が醒めて、夜叉は孫太郎に気がつき、追いかけてきた。

一目散に逃げるうち、荒れ果てて住職もいないような寺が目に入った。孫太郎は寺に逃げ込み、中にあった大きな仏像の陰に隠れた。見ると仏像の背中に、大きな穴があいている。孫太郎は、その穴から仏像の体内に入った。

夜叉はすぐに追いつき寺に入ってきた。そして寺の中を隈無く探したが、仏像の体内までは気づかず、出て行ったしまった。

やれやれ、助かったと思ったのもつかの間、こんどは仏像が足踏みをし、腹を叩き、独り言を言った。

「夜叉は人間を追い求めて取り逃がした。私は何もしないのに、向こうから勝手に飛び込んできた。これで今夜の夜食が出来た」

と高笑いをし、足を鳴らして堂を出た。しかし、すぐに石に躓き、どうと倒れた。その拍子に仏像の手足は砕け、バラバラになった。

孫太郎は仏像から這い出して、

「人を助けるのが仏なのに、私を食おうとしてこのありさまだ。ザマアミロ」

と捨てぜりふを残して、寺を出て、東の方に歩いていった。すると、野原の向こうに灯を輝かせ、何人もの人が座っているのが見えた。

                        続く

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