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2009年5月18日 (月)

ふるさと 十津川の仙境

5月18日(月)

《ふるさとは遠きにありて思うもの》とうたったのは、たしか室生犀星だったような気がするが・・・。ふるさとを離れて60年近くも経つから、思い出すこともめったにない。さっきテレビで過疎の村の話しをしていたので、ふと思い出した。ふるさとの小学校が廃校になったのは、そんなに新しいことではない。紛れもなく過疎の村である。

秋田県、横手盆地のどん詰まり、村の半分は水田、半分は出羽丘陵の山並みというところだった。湯沢駅からの私鉄が、近くの町まで来ていた。その町の隣の村といいたいところだが、実は隣の、そのまた隣にあるのが、私の村だった。今はその町と合併して羽後町という。

この私鉄、何十年も昔になくなってしまった。西馬音内でというのがその町で、近ごろは西馬音内盆踊りで、知る人は知るというところだ。この町、西馬音内と書いて「ニシモナイ」と読む。知らなければ読めない難読地名だ。

50年くらいも前の話。東京で働いていた私の従妹が帰郷した。列車の中でたまたま帰郷する同級生に会い、西馬音内で私鉄を降り、村まで歩いて帰った。私の伯父は村で一つの演芸場を持っていて、年に何回かは旅役者が芝居などをやっていた。従妹の帰ったその日の夜、何人もの人が、伯父の演芸場で芝居があるらしいといって集まってきたという。

東京の格好をして二人ずれで歩いていたので、道筋の人は、旅役者が来たと勘違いしたのである。

当時から、そんな田舎でした。

○○

御伽婢子 通算 9回

   浅井了意・作 現代語訳 ぼんくらカエル

(第2巻)十津川の仙境

大阪に長次という者がいて、薬を商っていた。しかし皮膚病が治らなくて和歌山のと津川に湯治に来た。その温泉が良かったのかどうか、半月ばかりしたら、だいたい治ってしまった。

聞くところに依ると、この温泉の奥にはにんじんとか強壮剤となる百合とかが生えているという。何でも、一つ見つければ、その辺りには他にも沢山生えているのだそうだ。長次は湯治の慰みに、なんとか見つけてやろうと考えて、1人で山奥まで分け入っ、道に迷ってしまった。

谷に下ってみると、籠が流れてきた。さてはこの上流に人里があるに違いないと思い、谷に沿って登っていったが、日は暮れかかり、鳥はねぐらに帰っていく。そうこうするうちに、岩をくりぬいた門があったので、中に入ってみた。中には古びた家が5,60軒あり、犬波走り、鶏は屋根に上がっている。石垣には苔が生え、桑の枝、麻の葉が茂り、なかなか奥ゆかしい。

やや古風で烏帽子を被った気品のある人が、長次を見つけて、驚き、怪しんで聞いた。

「何でまたここにおられるのです。普通の人の来るところではないのに・・・」

長次はありのままに語った。その人はヨモギの靴を履き、あかざで作った白杖をつき、自ら三位の中将と名乗った。

「ここは山も深く、険しい。熊や狼もいるし狐も出る。もう日が暮れたことだし、今夜は泊まって行きなさい」

といって長次を家に案内した。

                           続く

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