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2009年5月19日 (火)

川越散歩 十津川の仙境

5月19日(火)

歯科と内科の医院へ。そして銀行。

歯科は歯石取り。内科は血圧の薬をもらいに。銀行は、マンションの管理費の振り込み。マンションは自主管理(自分たちで管理組合を作っている)だが、管理費は、私が普段使っていない銀行に振り込むことになっている。私は1年に1回まとめて、その銀行に振り込むことにしている。

午前中は、そんなことで大方終わり。

午後、川越の散歩。

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この蔵造りの町並みが、川越の人気スポットらしい。30年前は、川越の小江戸も、そんなに人気はありませんでした。道には電柱も立っていました。せめてここを、歩行者専用道路にでもすればいいのですが、車の通りが激しい。その合間を見つけて写真を撮りました。ここがメイン道路なので、車を規制できないのでしょう。通りには蔵造り資料館などもあって、内部を見学することが出来ます。

菓子屋横町はこの近くですが、今日は行きませんでした

もう一つの観光スポット、時の金は、蔵造りの町並みからちょっと入った横町にあります。その横町に、ご隠居さんがいるかどうかは知りません。落語だったら、横町にご隠居さんがいるんですけどね。

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Imgp1428 これは三芳野天神。童謡「通りゃんせ」が生まれたところがそうです。川越城本丸御殿の裏なのですが、本丸御殿の方は、改修工事のため、現在見学できません。

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喜多院と、その境内にある池。喜多院はいつも人で賑わっているけれど、少し裏にはいると、静かなものです。子どもたちがザリガニを捕っていました。

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中院です。小さいけれど、美しい庭園があります。特に、しだれ桜のころは見事です。

御伽婢子 通算 10回

十津川の仙境 第2回

前回のあらすじ 薬種を商う長次は皮膚病の治療のため、十津川に湯治に来ていた。皮膚病がほぼ治ったので、薬草を探しに山奥に入り、道に迷う。そこで、古びた集落に入り込み、古風な人に会い、一夜の宿を取らせてもらう。

案内された家は、気品のある、清潔な家であった。長次は主に聞いた。

「こんな村があるとは知らなかった。なぜこんな人里離れたところに住むようになったのですか?」

「それはあまり話したくないのですが・・・」

「そんなことを言わずに、是非話した下さい」

「それほどいわれるなら・・・実は私たちは平家の者です。私は三位中将維盛(サンイノチュウジョウコレモリ)といいます。祖父は平清盛、父は平重盛です。

~一族は県政を際またが、東国に源頼朝が兵を挙げ、北国からは木曽義仲が決起しました。源氏の勢力は強く、平家は敗北が続き、ついに木曽義仲によって都を追われ、一ノ谷の戦では、源義経に敗れました。その戦いでは、多くの無精が討ち死にをしたのです。

~その後、私たちは四国の屋島に白を構えて立てこもりました。妻子とも離れ、心は都にあるけれども、いかんともしがたく、ただ虚しく日を過ごすのみ。将来の希望も持てず、逃げ出すことにしました。譜代の侍の重景、石道丸という少年、武里という舟の達人、この3人を連れて屋島を抜け出しました。

                         続く

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