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2009年5月20日 (水)

評議委員会 十津川の仙境・3

5月20日(水)

K福祉会理事会、評議委員会。評議委員なんて、よほどのことがなければ。いてもいなくても良いようなもの。

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理事長や担当者の説明を聞き、時々資料を見ながら、机の下でこんな似顔絵を描いたりして・・・不謹慎ですな。

御伽婢子 通算11回

十津川の仙境・3

前回までのあらすじ 薬種商の長次は十津川に湯治に来たいた。ある日山奥に分け入ってみると、平家の落人の村に迷い込んだ。長次は泊めてもらった家で、三位の中将平維盛(タイラノコレモリ)が屋島から逃れるときの話を聞いている。

維盛の話しは続く。

~維盛が屋島を逃れるときに詠んだ歌。

 をりをりはしらぬうらじのもしほ草

      かきおく跡をかたみともみよ

~従者重景の返歌

 我おもひ空ふく風にたぐふらし

      かたぶく月にうつる夕ぐれ

~少年石童丸は涙を抑えて、

 たまぼこの道ゆきかねてのる舟に

       心はいとどあこがれにけり

~まるで知らぬ道を逃げ、虚しい思いを抱き、心はまことに頼りない。和歌山県を過ぎ、遠く都を眺めながら高野山に登り、滝口入道にあった。

~滝口入道の案内で聖地をめぐり、伊勢にいたり、岩田川で水垢離をとった。その時の歌。

 岩田川ちかいの舟にさほさして

        しずむ我が身も浮かびぬるかな

~神に願を掛けたので、沈んでいく身だけれど救いもあるだろう。それから新宮、那智を巡り、松の木を削って遺書を残す。

《権亮(ゴンノスケ)三位中将平維盛、戦場を出て、那智の浦に投身す。元暦元年(1184年)3月28日。維盛27歳。重景同じく27歳。石童丸18歳。

辞世の歌

  生まれてはつひに死てふことのみぞ

      定めなき世にさだめありける》

~定めなき世でありながら、生まれた者は必ず死ぬという事のみが定めである。と書いて、自殺したものと思わせ、実際にはこの山に隠れた。

~その後、どこで知ったのか肥後守貞能(サダヨシ)がここまで訪ねてきた。貞能の話しで、平家の一門が壇ノ浦で敗れて水中に没したこと、都に隠れた者もすべて討ち取られたことを知った。

~われらは良く逃れられたと思い、悲しみの中にも心を静め、田を植え、薪を取って暮らしてきた。それ以来、人が訪れることはない。花が咲けば春と知り、木の葉が散ると秋と思う生活だ。今は貞能、石童丸の子孫が増え、村を作って住んでいる。

~その後はおそらく頼朝の世になったのだろう。現在は誰の天下になったのか、教えてください」

その話を聞いて、長次は驚いてしまった。

「珍しく、山の中に集落があると思っただけなのに、そんな身分のある方々だったとは・・・」

「いやいや、昔はともかく、今は何の身分もないのです。それより、今の世の中の様子を教えてください」

そこへ、貞能、重景、石童丸などがやってきた。みんな60歳くらいに見える。

「どうか我々にも、今の世の中の様子を教えてください」

と口を揃える。

                       続く  

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