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2009年5月21日 (木)

ネジクレ者(酒飲みの弁)

5月21日(木)

今日も惚けをやりました。でも、それを書くのはやめておきます。で、今日は何を書こうかなと、迷ってい鱈、昔書いた随筆が出てきました。少し形を変えて書き直してみます。

ネジクレ者

父は9人兄弟の次男坊だった。祖母は11人産んだのだが、育ったのは9人だった。

わが家は酒飲みの家系で、みんな浴びるほど飲む。祖母にしてからが、女だてらに(旧意味使いです。女性を蔑視するつもりはありません)1升酒が平気だった。

家系ばかりではない、土地柄が、飲む土地柄だったのである。S叔父に言われたことがある。

「お前たちの方では、宴会の時、1人当たり4合も出せば大宴会だろう。俺たちの方では、1人に1升出さなければ文句が出る」

私の先祖は、酒処の秋田で、酒の仕込み桶作りを生業としていた。梯子を掛けて登るような大きな桶である。酒とは切っても切れない縁のある家系だ。私も友人達と飲めば強い方だが、郷里では「少しは飲める」と言うことにしている。郷里の人達には、とても太刀打ちできないからだ。

そんな中で、父だけが例外だった。飲めば飲めるのだが、酒席を嫌い、晩酌をたしなむ程度だった。健康で体格が良く、規則正しい生活をする人だった。だから、兄弟中で1番長生きをするだろうといわれていた。しかし実際には、最初に死んでしまった。直腸癌であった。

私がまだ現役時代、日帰りで静岡に行く用事があった。埼玉のわが家から、片道4時間の旅である。用事を終えて帰り、自宅のトイレに飛び込むと、痛みもないのに、肛門から鮮血がでた。長時間座っていたので、肛門付近が鬱血していたのかも知れない。私の判断では、疣痔か直腸癌である。

父の病気のおかげで、直腸癌については、私も素人なりに、多少の知識は持っている。早期発見がしやすい癌であること、手術による治癒率が高いこと、痔と間違えるために、発見が遅れる場合があること、などである。

鮮血はでたが、私の判断では、たぶん痔だと思った。私の仕事は座業が多い。そのため、仲間も痔で悩む者が多い。場所が場所だけに、それまで診てもらったことはないが、私にもその気配はあった。しかしその時は、きちんと診てもらおうと思った。痔ならば何ほどのこともないが、癌ならば放っておけない。現代の医学でどうにもならない病気ならばともかく、助かる病気で死んでしまうのはつまらない。

病院では、案の定疣痔が発見された。バリュウムを注入してのレントゲン検査、さらにはファイバーグラスによって直接腸を診る検査、などをしてもらった。

なかなか辛い検査である。下半身を裸にされ、木のベッドに寝かされて、美しい看護婦さんのそばで、上やら下やら横やらを向かせられる恥ずかしさもさることながら、ファイバーグラスが直腸内を通るとき、左脇腹が痛いのだ。医師によると、私の直腸は、その辺りでねじれているのだそうである。自慢ではないが、私はハラワタがネジクレタ者なのである。だから今だに、ネジクレ者として生きている。

酒は好きなように飲んでいる。深酒をしても、とうに父の亡くなった歳をこえている。

長くなったので、御伽婢子は休みます。

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