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2009年4月30日 (木)

皮の味

4月30日(木)

金柑以外の柑橘類の皮を食べたことがありますか? 私は食べているのです。ビンボー人の私は、柑橘類だろうと大根の皮だろうと、食べてしまうのです。ちなみに柑橘類の皮ですが、温州みかんやハッサク、甘夏の皮などは、食べ方によっては、結構いけますよ。ポンカンとかグレープフルーツの皮は、苦みがきついように思います。

今日、グレープフルーツの皮をジャムにしてみました。鍋に細かく刻んだグレープフルーツの皮と酒と砂糖と水を入れ、ことことと煮込んだわけです。まあまあそれなりの味にはなりましたが、苦みは消えません。

甘さと苦さは相容れないものなのでしょうか。「甘酸っぱい」とか「甘辛い」という言葉はありますが、「甘苦い」という言葉はありません。今日作ったジャムは、その「甘苦い」なのです。でも、美味しいですよ。

ビンボー人だからなんでも食べると言いましたが、こんな食べ方はあまり経済的とは言えません。グレープフルーツの皮でジャムを作ろうとすれば、砂糖をたくさん使うし、ガスだって長時間使います。それがどのくらいかかるかは知りませんが、多分捨てる方が安いんでしょうね。しかし食糧難の時代を生きているものだから、食べられるものを捨てるのは、多少の罪悪感があるのです。だから、何とかして食べてやろう、と言う気になるのです。時には皮を大切にするあまり、実の扱いがおろそかになる、なんてことが起きるのが困りものですけれどね。

老人介護施設Kへ。そういってはなんですが、私はこういうところの老人に持てますね。「こっそり電話番号を教えて」なんて言われちゃった。若いときのそれを言われたかったなあ。

Tati0010 昨日出かけたとき、高崎線の電車の中で居眠りしていた女性です。

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2009年4月29日 (水)

さきたま風土記の丘

4月29日(水)

今日は良く歩いた。行田市へ行ってきました。

8時頃家を出て、秩父鉄道の行田市駅に着いたのが10時43分。

行田市郷土博物館、水城公園、さきたま風土記の丘(さきたま古墳群)、その他あちこちに寄り道しながら最後はさきたま緑道を歩いて北鴻巣駅へ。

水城公園が良いですね。

Imgp1299

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池が沢山あって、花と緑の公園でした。元来私は、池や湖が大好きです。それに、季節柄緑が柔らかい。これはもう、私のつぼにはまったという感じ。

下手なスケッチものせましょう。

Tati0009

岸に座る人が池にのばしているのは釣り竿だけれど、この絵では棍棒みたいですね。

絵が下手なのは仕方がないけれど、これだけ私の感性に訴える公園は、めったにありません。

順序は逆ですが

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復元した忍城。郷土史博物館もここにあります。

Imgp1317

風土記の丘、丸墓山古墳の頂上から見た双子山古墳です。ここにはたくさんの古墳があるのですが、前方後円墳の全体を画像に入れようと思っても、古墳は思いのほか大きいし、まわりに樹はあるしで、なかなかうまく行きません。

最後は武蔵水路の脇に続いているさきたま緑道を北鴻巣駅まで歩く。利根川から水を引いて、首都圏の水道などの供しているのだ。約5キロの道のりである。この道は、昼食に立ち寄った、忍城の近くの「せんりゅう」という中華料理屋のご主人に教えてもらった。

Imgp1318 Imgp1319

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2009年4月28日 (火)

1日のんびり

4月28日(火)

O歯科医院へ。しばらく通うようです。

入間川へ散歩。私の散歩といえば、智光山公園、稲荷山公園、彩の森公園、それに入間川河川敷と相場が決まっています。一番近いのが入間川。

Tati0009

Tati0010 これが今日のスケッチ。

子どもたちに、私が健康でいることのメッセージとしてこのブログを書いています。書く内容は私の勝手。ですから、時々のせるするスケッチや絵も、上手下手など考えない。というより、私が上手なわけがない。

勝手なことを書いて、勝手な絵を載せて、少数ながら、それでも見てくれる人がいるのだから、ご苦労様というか、お気の毒というか・・・。

そうそう、一緒に花見をしたとき、花見の俳句を作れと言っていたSさん、俳句が出来ました。ちょっと季節がはずれてしまったけれど・・・。

 花見酒カップに落ちてアリ泳ぐ  ぼんくらカエル

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2009年4月27日 (月)

あなたはそんなに立派か?

4月27日(月)

精障者作業所Mへ。

Iさんとその友達のHさんが布草履の作り方を習いに来る。終わって、Mの自主作品を少し買ってくれる。

Mの畑へ。先週植えたナスやキュウリは問題なし。エンドウ豆はまだ芽が出ていない。子カブの種を蒔く。

この前まで鳥インフルエンザが問題になっていたが、今度は豚インフルエンザだ。いろいろなことがあるものですね。

私にとってはどうでもいいのだけれど、草彅剛批判でブログが炎上しているんだってサ。彼のしたことは品があるとは思わないけれど、皆さん、彼を批判できるほど立派なのかねえ。立派な人が多いんですね。その方が驚きます。

先日、学童の帰宅を見守っている私と同じくらいの年齢の人が、子供が石蹴りをして歩いているのを。危険だから、と注意しました。それは分かります。その後で彼がつぶやいている言葉を聞いて、私は違和感をおぼえました。彼はいいました。「あんなのは親が悪い。親の教育がなってない」

彼は子供のころ、石を蹴りながら歩いたことはないんだろうか? 自分のことは忘れているんだね。あるいは、自分は批判されない立場にあるから、安心して人を批判しているのではないか。

草彅批判だって同じでしょう。私は公園で裸になって騒いだことはないけれど、今考えても恥ずかしいようなことを、少しはしていますよ。痴漢はしなかったけれど、したいような気持ちはありましたよ。おべんちゃらだってしたし、自分をかっこよく見せるために嘘もついた。あの程度のことを、口をきわめて批判できる程の人間だとは思っていない。

自分には累が及ばないと思って安心して人をけなす、嫌ですねえ。

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2009年4月26日 (日)

黄昏街道

4月26日(日)

今日はちょっと遠出をするつもりだった。

洗濯をして、買い物をして、そのとき蕗を買ったのが問題で、出かけそこないました。

蕗は足が速い(と思う)。食べ物の足が速いという言い方もおかしなものだけれども、悪くなるのが早いことを言うようですね。それで、買い物から帰るとすぐに、下ごしらえをはじめた。

まず蕗の葉は、佃煮ではなく、蕗の葉味噌にした。茎は豚肉と合わせて煮物にした。今はインターネットでレシピを調べられるので、私などは大いに助かります。これで時間がかかってしまい、出かけるきっかけを無くしました。

蕗の葉味噌のレシピに、誰かさんのコメントがあり、、若い頃好きじゃなかったのに、こんなものを好きになるのは「黄昏街道まっしぐら」だってサ。上手いねえ。私も70過ぎてから、スーパーで蕗を見つけると、なんとなく買いたくなってしまうもの。黄昏街道に入っているんだナア。

午後、自転車で川越へ。昔は毎日のように乗っていたけれど、近ごろあまり自転車に乗らない。バランス感覚を落とさないためには、時々乗る方がいいのだけれどネ。

大小のスケッチブック、クロッキー帳などを買う。

今日の川越は、大変な賑わいでした。

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2009年4月25日 (土)

狭山の語源(私の仮説)

4月25日(土)

ブログの題名を書いてから本文を書く場合と、本文を書いてから題名を書く場合がある。今日は題名が先です。何だか大層な題で、もう腰が引けています。

今日、雨でなければ、世田谷の等々力渓谷あたりを歩く予定でした。いきなりの予定変更でしたが、たまたま原稿の依頼があったので、午前中、パソコンにむかう。現在の私には原稿依頼なんてほとんどありませんからね、今日は酒も飲まずにパソコンにむかいました。

午後、久しぶりに大和の湯へ行き、散髪と入浴。近ごろは散髪でもするのでなければ、大和の湯にも行きません。大和の湯というのは、一応は温泉なんです。

さて、今日の題名の方にかかりましょう。

狭山市辺りの土地の人は、林のことを山と言います。と書いただけで、大抵の人は、私の仮説の中味が分かったでしょう。

とにかく、狭山市辺りでは、林のことを山と言います。狭山に来る前、私は大宮や浦和(現在は共にさいたま市)に住んででいました。かなり長くいたのですが、その辺りでは、林を指して山と言うことはなかったと思います。ですから、埼玉の中でも一部の地区で使われている方言だと思います。

こういう言葉は、方言と気がつきにくい言葉ですよね。「牛」を「べこ」といったり、「娘」を「おばこ」と言ったりすれば、誰でも方言と気がつきます。しかし、「林」を「山」というのでは、なかなかそんなわけには行きません。

「昨日山できのこを採ったよ」

「ほう、たくさん採れたかい?」

というような会話を交わしたとしても、一方が狭山市辺りの人で、他方が違う土地の人の場合、お互いに分かったつもりでいながら、意味がすれ違ってしまうわけです。狭山の人は林をイメージしながら話し、聞いている方は地べたが高くなっている本当の山をイメージしているわけです。

狭山市と入間市は、名前が入れ替わっているようなところがあって、昔からの地名や、歴史を考えれば、狭山市は入間市であるべきだし、入間市は狭山市であるべきだと思います。そのいきさつを今日は書くつもりがありません。只一つ書くとすれば、狭山茶の主産地は入間市です。

ところで本題の「狭山の語源」ですが、もう書く必要もないくらいですね。狭山市には本当の山はありません。入間市にはあるにはありますが標高100メートルにもたりません。したがって、「山に挟まれた」土地ではないのです。しかし、林のことを山というとすれば、林に挟まれた土地ではありました。入間川が流れているとは言うものの、田んぼにはなりにくい土地が多く、林が多かったのですから・・・。守に挟まれた狭い土地、といったところです。

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2009年4月24日 (金)

水彩画の会

4月24日(金)

水彩画の会。

今日の絵は失敗です。白い紙のままの方が良かった。絵が描いてあるだけ情けない、というような絵を公開します。

Imgp1282

最近のスケッチも公開します。

Tati0009 10分くらいで描いたこんなスケッチの方が、今日の絵よりは良いような気がします。

ついでにもう1枚。Tati0010

右は宮沢湖、左は航空公園でのスケッチ。両方とも、絵の具は1色だけです。

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2009年4月23日 (木)

二ュースから  ボラ定例会

4月23日(木)

私のように、日記形式で書いているブログでは、昨日は清水由貴子、今日は草彅剛の話題で持ちきりだろうね。

清水由貴子は気の毒です。自殺する人は死にたいわけではありません。本人の意識の中では、死にたくなくても他に選択肢がなかった、ということでしょう。身近に自殺者がいて、その責任を感じなければならない者の感想です。

草彅剛の場合は、少々品がないけれど、他人に危害を加えたわけではありません。有名人だから話題になるけれど、本来なら、警察に一晩くらい泊めてお説教をして返す、というくらいの罪ではないでしょうか。家宅捜査までしたというのはなぜでしょうか? 裸で喚いただけにしては、不自然な気がします。他の疑いが何かあるのかな?

ボラグループ定例会。2,3年前は20名近くの人が出席したりするグループだったが、今では10名を欠くことが多い。

山の会の総会の記録と班編成表を書いて、今年の会長Sさんの郵便受けに入れに行く。

6月の山行の原稿をプリントして、Hさんの郵便受けに入れに行く。

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2009年4月22日 (水)

獅子文六の評伝

4月22日(水)

関東平野はツツジの花盛りといっても良いのでしょうね。はなみずき、しゃくなげ、しゃが、その他諸々の花が咲いています。

わが家のベランダにも松葉ボタンが咲きました。

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本屋で獅子文六の評伝を衝動買いしました(『獅子文六の二つの昭和』牧村健一郎著、朝日新聞出版)。

若い人は獅子文六といっても知らないでしょうね。戦中戦後、結構人気のあった作家です。私が読んだのは、もちろん戦後。広い視野とユーモアのある作品を、私は好きでした。

作家には、生きている間は人気があっても、死後忘れられてしまう人と、死後ますます評価される人がいます。獅子文六は前者だったようです。しかし私は、これから再評価されても良い作家だと思っています。

元来の日本人は笑うことの好きな国民だったと思うのですが、明治以後最近まで、笑いの価値を低く見るのが、しかめっ面をしたインテリ傾向でした。漫画だって、今でこそそれなりの評価を受けますが、昔は低い評価しか受けられませんでした。獅子文六が忘れられたのも、その影響があるのではないかと私などは思います。

評伝の著者も、獅子文六の再評価に繋がればと思って書いたようです。

老人介護施設Kで、スタッフとボランティアの懇談会。

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2009年4月21日 (火)

山の相談 蛇の夢

4月21日(火)

山の会、6月山行の担当者3人が集まって相談。那須、茶臼岳から沼原湿原へのコースにほぼ決める。

私は参加できなかったが、私たちの会は昨年、茶臼岳から南月山などを歩いているはずなので、コースがダブらないようにした。

誰でも寝ると必ず夢を見るのだそうだけれども、私の場合「今夜夢を見た」と思うことはあまり多くない。目が覚めたときには大概忘れてしまう。しかし、この2,3日、幾つか夢を見た。その一つは、熊に追いかけられる夢である。

近ごろ私が行く程度の山でも、「熊に注意」の掲示板を見ることが多い。猿や鹿、カモシカやイノシシなどに遇ったことはあるが、熊にはまだ遇ったことがない。遇いたくもない。夢だけで勘弁願いたい。

もう一つの夢は変な夢だった。何匹もの蛇がサッカ-ボールよりひとまわり大きな団子状になって、私に向かって転がり落ちてくるのである。もちろん逃げましたね。追いつかれそうなところで目が覚めたのは、夢のおきまり。

そういえばこの前の山行の時、久しぶりに蛇を見ました。独行の女性が私たちを追い越した直後に、悲鳴を上げて立ちつくした。何事かと思ったら、蛇がいたのです。私とKさんは平気で近づき、Aさんは怖がりました。

私は田舎育ちですから、蛇なんていつでも見ていました。触ったこともあれば、気がつかずに裸足で踏んづけたこともあります。土踏まずに、蛇がずるっと動くのを感じました。さすがにすぐ足を離しましたけれどね。その時蛇は、鎌首を挙げて私の方を見ましたが、すぐに何事もなかったように離れていきました。

現実の蛇は怖くないけれど、夢の蛇は怖かったナー。

おっと忘れていた。私はカエルなのだから、蛇を見たら腰を抜かさなければならなかったのです。自分を忘れるなんて、やっぱり「ぼんくら」だな。カエルは蛇に食われる身分でした。くわばらくわばら。

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2009年4月20日 (月)

苗を植える

4月20日(月)

精障者作業所Mへ。

作業所で借りている畑に、なすとキュウリの苗を植える。狭山市民会館前の農協に行ったのだが、4月25日にしか売らないと言うことだった。25日は土曜日で、Mは開所していない。やむを得ず、ホームセンターで買う。ホームセンターの苗と農協の苗とでは、まるでものが違うのだが、仕方がない。

通常私は、Mへは月曜日に行く。明日の天気が雨の予報なので、苗を植えるにはうってつけだ。どうしても今日植えたいと思った。

なす苗6本、きゅうりも6本、それにつるなしサヤエンドウの種を買う。

Fさん、メンバーさんたちとぼんくらカエルで畑へ。とにかく、Fさんに覚えてもらわなくては・・・。苗の植え方、肥料のやり方をFさんに伝え、Fさんの指導でメンバーさん達に植えてもらうよう手はずを整える。エンドウの種の蒔き方も、Fさんに伝える。

私は近くの雑木林に入る。切られた木が沢山積んであるのだが、その中から苗の支柱になりそうな枝を見つけて、ノコギリや剪定ばさみで切り出すのである。稲妻みたいに曲がっている木ばかりで、まっすぐな枝を探すことは出来ない。何はともあれ、30本ばかり用意する。

支柱の立て方、支柱同士の結び方、なども教える。ビニール紐で結ぶのだけれども、本当はどのように結ばなくてはいけないなどと言うことはない。固く結べさえすればいいのだ。しかし今の人は、そのような生活経験もないのである。随分不器用な結び方だと思うけれども、まあ、目をつむります。

最後に、苗と棚蒔きをした畝に水をやって、今日の畑は終わり。

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2009年4月19日 (日)

摩文仁の丘 戦争は絶対悪

4月20日(日)

次女夫婦、沖縄土産を持ってくる。私が喜ぶのはアルコールしかないことを知っているので、泡盛と沖縄のビール。

雑談中に気がついたのは、彼らが摩文仁の丘について何も知らないことだった。戦争を語り継ぐのは難しいと感じていたけれど、私自身、子どもたちに肝心なことは話していなかったのである。摩文仁の丘について、私が正確な知識を持っていたわけでもないし、自分自身の経験でもないので話さなかったのだろう。しかし我々の年代のものは、共通の知識として、ある程度のことは知っている。だから他の世代の人達も知っているものと思いこんでいるところもある。

考えてみると、私自身の戦争体験、子供としての経験だけだけれども、空襲、疎開、母の死、父の消息が知れず親戚の家で6年間過ごしたことなどについても、満足に話していないような気がする。本当の戦争の被害者は、摩文仁で戦った人達であり、戦場に行った人達であり、亡くなった人達であると思う。私などは、のうのうと生き延びているのである。だから、あまり被害者面をして語るわけにも行かないのだ。

しかし、どんな理由を付けたところで、戦争は絶対悪であることを、子どもたちには知ってもらいたいと思う。1人でも多くの人に知ってもらいたいと思う。正義の戦争なんて無いのだ。理由付けに騙されてはいけない。

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2009年4月18日 (土)

俳句の会

4月18日(土)

俳句の会。都合で代表は休み、編集長は披講が終わった段階で中座、出席者も少なくて、淋しい会になりました。でも、今回は、私の好きな句がいくつかありました。

 赤信号からす春野へ行く途中   一進

 母のこと父がぽつりと彼岸かな  洋子

 桃咲いてこんなに小さな靴だった 京子

 沸き上がる鍋に水差す花ぐもり  幸子

 菜浸しやこのうえもなく春の暮   京子

 墓守は人好きにして桜守      ケンジ

 朝桜定年の日のバスが来る    かつよ

など、良い句だと思いました。

1句目、赤信号でもからすは関係ない、「行く途中」の「途中」が上手い。2句目、無口な父が墓参りに行ってふと漏らす一言。3句目、わが子はこんなに小さかったのだ。4句目、主婦ならば、誰にも覚えがあるだろう。私は主夫です。上手い人ですね、こんなところで「このうえもなく」なんて、私には使えません。5句目、外人墓地でしょうか、墓守が話しかけてくるのです。桜の手入れもしているようです。6句目、もうこのバスで会社に通うこともない。いつものようにバスに乗るがいつものようではない自分。個人の経緯いや思いに関係なく、世間はいつもの通りに動いている。

今回、ぼんくらカエルの句は披露しません。見劣りがするんだもん。

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2009年4月17日 (金)

酒飲んで寝よう

4月17日(金)

特養老人ホームMへ。

友愛訪問T氏。

書きたいことがないナー。気になることはいくつかあるけれど、それを書く気がしない。

民主党小沢さんのこと、千葉県知事森田健作のこと、ベスト電器の不正などなど。

小沢さん、早くやめなさいよ。森田健作、威勢だけは良いけれど、しっかりしたブレーンがいるよね、あなたには。ベスト電器、一流企業がコスイ事するねえ。

でも、こんな事を書いたってしょうがないものね。もっとも、いつだってしょうがないことしか書かないけれど。

もう酒飲んでねる方がいいや。

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2009年4月16日 (木)

独演会

4月16日(木)

老人介護施設Mへ。

Yさん、Kさんが3F、私が2F。

2階に上がっていくと、あちこちから「久しぶりねえ」と声を掛けられる。一つのテーブルで簡単な手品をしていると、みんな集まってきて、まるで独演会の雰囲気になった。私のは寄席で覚えた手品だから、話術が半分である。

小さな手品を一つ、披露しましょう。あらかじめティッシュペーパーを1枚、丸めて掌の中に隠し持ちます。次にみんなの前でティッシュを取り出し、びりびりと破きます。それを両手で丸めます。そして、あらかじめ持っていた方のティッシュと手の中で取り替え、開きます。これくらいなら、少し練習すれば、誰でも出来るようになります。

手品に飽きたら、こんどは紙切りをする。これも下手だけれど、いくつかのパターンを覚えれば、少しは出来る。

おやつの配食手伝い、話し相手などをして、今日はおしまい。

次に描く水彩画の人物と犬の下絵をメモ用紙に描く。下絵だけでも、何回も描き直す。人も犬も、正面を向いて走っているように描きたいのである。横から描くのよりはずっと難しいね。

メルヘンっぽく描きたいわけだから、まわりの風景はあまり写実的にしたくないし、難しいなあ。桜の中を走ってくる男の子と女の子、それを追いかける犬と母親、なんて構想なんです。

果たしてどんな絵になるかなあ。私の絵は、構想の段階では名画、線を引くと猿なみ、色を付けると豚が尻尾で描いたような絵になります。本当に豚の尻尾のように描けたら、きっとそのほうがいい絵になります。抽象絵画としてね。

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2009年4月15日 (水)

消えた年金

4月15日(水)

私も年金被害者で、出てこない年金があります。先月、社会保険事務所から電話があり、3ヶ月分見つかったからハンコを持ってくるようにという連絡があった。

今日出かけたところ、3ヶ月ではなくて2ヶ月で、私が16歳のころのものだ。日給が100円なんて言う時代である。おまけに、停電があると休みになるというメッキ屋で、月に10日近くも停電休みがあったりした。そんなのが2ヶ月でったって、どうと言うこともなさそうだと思ったら、案の状だ。雀の涙と言いたいところだが、実際には蚤の涙くらい年金が増えるんだってサ。1年間で1000円ですよ。それも手続きがいろいろあるのだそうで、実際に貰えるようになるのは1年以上も先になるだろうってサ。

出てこない年金がまだあるんだけどね。そっちはもう出そうもないや。

所沢の社会保険事務所を出て、航空公園まで歩く。この公園に池があるTati0009 のは、今まで知らなかった。大きくて、樹木も多いし、良い公園ですね。

社会保険事務所で待っている間の退屈紛れのスケッチです。

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2009年4月14日 (火)

にわかの山行

4月14日(火)

昨夜、Kさんから電話あり。KさんとAさんが参加を予定していた1泊山行が、悪天候の予報のため中止になったとのこと。もし明日空いているようなら、朝降っていなければどこかへ行かないか、という誘い。快諾。

8時11分の電車で飯能へ。能仁寺、天覧山、多峰之主山、大黒山、吾妻峡の半日コース。

Imgp1269 Imgp1270

能仁寺境内と、天覧山から多峰之主への道。

吾妻峡付近は、庭にきれいな花Imgp1272 のある農家が多い。

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2009年4月13日 (月)

畑打ち パソコンの先生

4月13日(月)

精障者作業所Mへ。

畑打ちをする。今年は畑をやめるつもりだったのだが、メンバーさん達がやりたいということで、継続。やりたいと言ったって、畑打ちが出来るのは私だけだからナアー、骨が折れます。シャベルを使って天地替え。うね作り。スタッフのFさんが手伝う、というより、覚えてもらうために、手伝ってもらう。

私の名字は、割に少ない方である。狭山市内で10軒くらいあるかどうかだ。誰でも知っている名字なのだけれども、実際の数は少ないのである。

私の住んでいる地区に同じ名字の人がいて、名字のせいではなくて、私と仲がよい。その人が、パソコンを教えているらしい。仮にKさんとしておこうか。今日私に電話がかかってきた。

「もしもしK先生ですか、実は私・・・」

などと話し始める。同じ名字だから「K先生」などといわれて「何のことだ?」と一瞬思う。はばかりながらこの歳まで、人に先生などと呼ばれるようなことは、何一つしたことはない。もっとも、「ヤー先生」というのならあるけれどね。

「ヤー先生、元気が良いじゃないか、ちょっと靴を揃えておいてくれ」

テナことを言われる先生ですね。

ヤー先生でなくても、近ごろは先生も安くなったから、そこら辺に沢山いますね。石を投げれば先生に当たると言うくらいだ。私はその先生ですらない。電話を良く聞いてみると、近くのKさんと間違っていたのである。

先生違いの話しでした。

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2009年4月12日 (日)

クラス会

4月12日(日)

銀座のガンコという料理屋で中学の同級会。参加13名。一昨年のクラス会もここでやった。銀座はそれ以来なので、東京は遠くなりましたね。

我々の年代のクラス会になると、最も多い話題が健康にかんするものだ。クラス会に集まる人達は健康な人ばかりだけれど、いつ何があってもおかしくない年齢である。全員72歳くらいである。「昔は同じ歳だったけど、今おまえ幾つになる?」なんて聞かなくてもみんな分かってしまう。偉いでしょう?

この歳になると、クラス会に出てくるメンバーは、だいたい決まってしまう。また、同級生の半分は連絡先も分からなくなっている。亡くなった人も何人かいる。このクラス会、いつまで続けられるのかな?

ともあれ、次回の幹事は私が務めることになってしまった。私自身がクタバラナイようにしなければ・・・。

今日は山行の日でしたが、クラス会の方に出ました。帰りの電車で水彩画の会のKさんとばったり遇う。ここでも、健康の話になっちゃった。あーあ、歳だよねー。

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2009年4月11日 (土)

俳句について

4月11日(土)

先日、山の帰り、稲荷山公園の夜桜見物をした。Sさんが花吹雪が酒のカップに入ったりするのを俳句に詠めという。

私は俳句を始めて6-7年になるから、もう俳人みたいになればいいのだけれど、いまだに俳句を外から見るような気分が抜けない。あまり熱心ではないからでしょうね。

俳句を作るひとは、何十万人、何百万人といるわけでしょう。その人達が、桜を詠んだりするわけです。花びらがコップに入るのだって、多くの人が詠んでいるでしょう。その中で特色を出そうとしたら、言葉のアヤで考えたり、少しひねってみたりするわけです。時には、奇をてらうような表現だってしかねません。

坪内稔典氏の

  三月の甘納豆のうふふふふ

などという句は有名ですが、これだってひとの意表をつこうとした気持ちがあると思います。普通のことを普通に詠んでいい句にするなんてことは、もう難しくなっているんですよね。

俳句にはいろいろな約束事があります。「必ず季語を入れる」「一つの句に『や』と『かな』『けり』を使ってはいけない」「三段切れはいけない」「季重なりはいけない」などとうるさいことです。

そういう約束事を絶対だと思う人もいるようです。しかしどうでしょうか。季重なりがあろうと季語が無かろうと、優れた詩と言えるものがあったら、それは良い俳句のはずです。「や」と「かな、けり」を同時に使ってはいけないとか、三段切れはいけないとか言うのも同じで、その約束を守る方が俳句を作る上では無難ですよ、ということなのだ。

それを、何でも教えられた通りに覚えて信じる人達は、それを金科玉条にしてしまう。なぜその約束事が出来たのかを考えるならば、場合によってはその約束事を破っても良いのだと言うことが分かるはずなのだ。

俳句は、芸事のような面もあります。お師匠さんが弟子に教える方便として、「季語を入れること」「季重なり」を避けること等々を教えるわけですね。家元は弟子を俳句上手にしなくてはなりませんから、無難な方法を教えるわけです。

でも、それはあくまで無難な方法であって、絶対ではないと思います。その約束を破っても、良い詩は、良い俳句なのです。

誰でも知っている例を幾つか挙げましょう。

  目には青葉山ほととぎす初鰹  素堂

これは三段切れです。

  しんしんと肺碧きまで海の旅  渡辺白泉

これは無季です。

  降る雪や明治は遠くなりにけり 中村草田男

「や」と「けり」を使っています。

これを駄目な俳句という人は、よほどすばらしい俳句を作っているんでしょうね。

花吹雪から脱線しちゃった。単色で描いた稲荷山公園のスケッチをのせます。

Tati0011   

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2009年4月10日 (金)

水彩画の会

4月10日(金)

水彩画の会。

今月から1年間、副会長で会計を努める。絵を描くだけではなく、なんやかやと忙しかった。

5月の公民館使用の抽選が全部はずれて、明日は空き部屋探しをしなくてはならない。昔は、いつも使っているグループは問題なく使わせて貰えたのだけれど、今はいつも使うグループも、1回限りのグループも、同じ立場で抽選を受けなければならない。そのため、時々こんなことが起きる。それが平等と言うことなんだろうか。

Imgp1249

こんな下手くそな絵を平気でブログに載せるのは、私が素人だからです。プロはこんな絵を描かないし、もし描いたら恥ずかしくて公開なんか出来ません。私などは気楽なものです。

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2009年4月 9日 (木)

花びらの滑る頭

4月9日(木)

私の属するボラグループの総会。総会は例年、狭山市内の智光山公園で行う。まさに桜吹雪の中。このところ桜を過ぎてからの総会が多かったのですが、今年は間に合いました。

これまで72年生きてきて、今年ほど花見をくり返した年はない。この1週間ほど、ボラの帰りとか、どこかへ行ったついでとかで、毎日花見をしました。それも、さすがに今日で終わりだろうナ。

桜吹雪が頭にも鼻にも弁当にも、勝手次第に振ってくる。若い人だと、風に運ばれた桜の花びらが、髪に潜り込んで、しばらくとどまっているというのもあるけれど、私のように髪が少ないと、頭の桜も、ちょっと払えば落ちてしまう。禿頭のことを、我々は「花びらスベール」といいます、というのは嘘ですけどね。花びらの滑る頭となりにけり、だ。

昨日ブログに載せた花の名前は「イワウチワ」というのだそうです。あしながおばさんのブログ「あしながおばさん通信」に書いてありました。イワウチワというのは、私の図鑑にはありませんでした。けしからぬ図鑑です。

今日のボラグループ総会で、この花を誰か知っている人はいないかとデジカメの映像を見せて聞いたのですが、私たちの仲間は、誰も知りませんでした。

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2009年4月 8日 (水)

これはなんのはな?

4月8日(水)

山行。

Aさん、Tさん、Kさん、Hさん、Sさんとぼんくらカエル。

Tati0009 西武線吾野駅下車~前坂~スルギ~子の権現~小床峠~吉田山~東郷神社ー吾野駅。

Sさんのリーダーで、昭文社の地図で波線のコースを歩く。おおむね杉林の中。

Imgp1226 Imgp1232

このような標識が要所要所にあるので助かるけれど、登り降りが多く、荒れた道で、昭文社の地図で波線というのに納得。

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この花が沢山咲いている斜面がありました。この写真を見ながら家で図鑑を調べたのですが、何の花か分かりません。葉を見るとマルバスミレの1ッ種のようにも思えるし、花の形からサギソウのようにも思えます。ご存じの方、教えてください。

稲荷山公園で、桜を見ながら反省会? アルコールとおつまみを持ち寄って、桜吹雪の中、楽しいひとときでした。

 散る桜芝生の上にもコップにも  ぼんくらカエル

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2009年4月 7日 (火)

毎日花見

4月7日(火)

歯科医院へ。定期点検というやつです。半年ごとに行くことにしているのですが、実際には、延び延びになって、適当な時期に行きます。どのみち普段の手入れはなおざりなので、行けば歯垢落としから始まって、さまざまな処置が必要と言うことになり、しばらく通うことになるのです。

精障者授産施設経営のかすみがわ食堂へ。月に1度、包丁研ぎのボランティア。ついでに近くの精障者作業所Kのハサミ研ぎ。ハサミなんて研いだことはあまり無いけれど、少しは切れるようになるとは思いますね。

かすみがわ食堂へ行った帰りは、天気が悪くない限り、霞川と入間川の川岸を散歩します。

霞川の桜は見事ですね。水辺の桜というのは枝が下にたれてきて、それだけでも見栄えがします。それが両岸にあり、その見事さは、稲荷山公園や智光山公園にも負けません。

桜の写真も沢山撮りましたが、ブログなどでは美しい写真が沢山紹介されているでしょうから、今回は私の写真はやめておきます。どうせ下手だものね。その代わり、桜を見る人をスケッチしたものを幾つかのせます。私のブログを覗くひとには食傷気味でしょうけれど。

Tati0009 Tati0010

Tati0011

しかし人間というものは、少しもじっとしていないものですね。3枚目のスケッチなんか、書き始めは、左の男の人は木に寄りかかっていました。右側の女の人は座っていました。女の人が立ち上がって、これから男の人も立ち上がって、動き出そうという一瞬の間を目に焼き付けて描くのだから、忙しいのなんのって。犬じゃないんだから、3分くらいじっとしてくれ、なんて勝手なことを思ったりして・・・。

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2009年4月 6日 (月)

幸せだナー

4月6日(月)

朝目覚めて、布団の中で背伸びをし、心せかされることもなく、もう少しうつらうつらとしていようと思うとき、幸せだナー。どこかで洗濯機のまわる音が聞こえたりして、のどかだナー。

このごろのように、うららうららと陽気の良い日、若草に寝ころんで、ぼんやりと桜の花を見上げているとき、幸せだナー。ぽかぽかと気持ちよく寝そべっていると、桜の蜜を吸っている小鳥までも、私を無視している。のんきだナー。

月に1度、酒屋からひと月分のビールと酒を取り寄せる。今日がその日。そのほかに、ある人から台湾のウイスキーと、金箔入りの日本酒、沖縄のハブ酒を戴いた。幸せだナー。チビリチビリと楽しみだナー。飲んべえだナー。

精障者作業所Mへ。

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2009年4月 5日 (日)

車椅子の会総会 ・ さくら

4月5日(日)

車椅子と仲間の会総会。

円満な会長の交代。TさんからKさんに。

帰宅後、智光山に散歩。このところ毎日花見だ。

総会の後酒を飲んで、智光山でも飲んで、晩にも飲んで・・・我ながらよく飲むねえ。それで酔ったような気分もしないでブログを書いている。

花の名所はどこにでもあるけれど、狭山市内では、稲荷山公園と、智光山公園を誰でも挙げると思う。狭山市に隣接している名所としては、所沢の彩の森公園がある。3カ所の花を、稲荷山、彩の森、智光山の順にのせます。

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稲荷山のさくらは古木が多く、見事です。彩の森は半分くらいは山桜で、私はその白い花が好き。智光山公園は木がまだ若いけれど、池が多く、水辺のさくらというのも良いものです。さくらの写真だけではつまらないので、ちょっと変わったところを・・・。

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人間は花見で浮かれているけれど、わたしゃ何にもおもしろくないワン、なんてね。

今わが家の窓から見える景色も紹介します。

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2009年4月 4日 (土)

そういう者に私はなっている

4月4日(土)

桜、東京は昨日満開。狭山市辺りは1日遅れで今日満開。

彩の森公園はソメイヨシノと山桜(あるいは大島桜か)が半々くらい。うすみどりの葉と真っ白な花、私は山桜の方が好きである。ソメイヨシノよりも高潔な気がする。

勝海舟の『氷川清話』を読んでいる。やはり、当時の最も優れた日本人といえるのでしょうね。

勝部真長の「勝海舟伝」もついていて、そちらを先に読む。

江戸城明け渡しを西郷と話しあったことは有名ですが、その4年前に、西郷と会っているんですね。その時の様子を西郷隆盛が大久保利通に知らせた手紙が残っているそうだ。その見識や知略を褒めた後で「現事に候ては、この勝先生とひどく惚れ申し候」というのだから、江戸城の時は、お互いの肝胆相照らす中だったのだろう。

福沢諭吉が『痩せ我慢にの説』で榎本武楊や海舟を批判したときの海舟の答え、正確にはなんと言ったのか知りたいと思っていた。それはどうやら次のようなものだ。

「行蔵は我に存す、毀誉は他人の主張、我に与らずと存候」

正確な言葉で覚えておくのは難しいな。これまで通り、「行動するのは自分、褒めたりけなしたりするのは他人、自分は信念に従って行動するのだから、他人の批評なんか知っちゃあいないよ」テナ覚え方で行きましょう。

しかし、この言葉はすごいですね。海舟は幕末の剣豪島田虎之助の免許皆伝を受けていたので、剣道は生半可な腕ではなかったはず。それなのに自分の刀は紙こよりで封をして、簡単には抜けないようにしていたという。10何回も命を狙われたのに、自ら刀を抜くことなしに一生を終えたようだ。体には、あちこち切りつけられた傷があったという。本人も言っているが、事に当たるときは、命を捨ててかかっていたのでしょう。

宮澤賢治は「褒められもせず、苦にもされず、そういう者に私はなりたい」とうたった。

海舟は批評から超越していた。賢治は批評の外にいたかった。

毀誉褒貶があるのは、何事かをしているからであって、私などは「褒められも、苦にもされず」に生きている。何にもしない、する能力がないんだもの。みんなそれぞれ、自分の力量に合わせて生きるんだね。

最後は遊びです。

Tati0009 これイチローに見えますかね。新聞の写真から描いてみました。

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2009年4月 3日 (金)

河川敷の花見

4月3日(木)

午前。

老人介護施設Kへ。名前は知らないが、所沢市の小さな公園で、桜見物。主として、痴呆の進んでいる人につきそう。その公園の花は7分咲きくらい。

とにかく良い天気である。家にじっとしてはいられない。やることは一つ。散歩である。

今日は入間川河川敷へ。右岸とか左岸とかは、下流に向かっていうのだったろうか。もしそうだとすれば、狭山市の新富士見橋から昭代橋の左岸で花見。

実はここの桜の1部は、私が植木屋のアルバイトをしていたとき、植えるのを手伝った。すでに植えられていた木もあったのだが、いずれにしてもまだ若い木ばかりである。それでも、花見に来ているグループがいくつかある。現在5分咲きというところか。

私も一本の木の下の若草にシートを敷いて一休み。筋雲を薄くぼかして太くしたような雲が、コバルトブルーに白い絵の具を溶かし込んだような柔らかな空に浮かんでいる。こういう雲をたなびくというのだろうか。かすかな風を耳に感じる。

草の上に桜が房ごと落ちているのは、ヒヨドリの仕業らしい。何羽かのヒヨドリが、枝から枝へ、木から木へ渡り飛んでいる。

 ひよどりは弾丸飛びに花へ飛ぶ  ぼんくらカエル

弾丸飛びというのは、私の造語。とりの飛び方にも何種類かある。ばたばたと翼を動かしながら飛ぶのは、もっとも普通の飛び方かも知れない。鳶などは滑空するように飛ぶのが得意だ。雀などのように小さな鳥になると、ばたばたと羽ばたいた後で、翼をすぼめて石つぶてのように飛ぶことがある。これを私は「弾丸飛び」と名付けている。

シートの上で、兼ねて用意のワンカップを飲んでいると、小さな犬が尻尾を振って近づいてきた。まさかお前も酒好きというわけでもあるまい。そっと背中をなでてやる。飼い主が少し離れたところで目礼をする。私も目礼を帰す。

どうしたことか、頭が俳句モードにはいって、次々の俳句が浮かぶ。15句以上作ったけれど、ここには書きません。どのみち駄作です。

Tati0009 この人は私ではありませんよ。私以外にも、1人で花見をしている人がいたのです。近ごろ多いね、こういうの。私もその1人。外から見たら、よほど孤独に見えるだろうな。

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2009年4月 2日 (木)

稲荷山公園

4月2日(木)

精障者作業所Mへ。

老人介護施設Kの花見の予定だったが、こちらは風が強いので中止。

稲荷山公園へ散歩。桜は木によって咲き方がさまざま。今年は一斉に咲くという感じではない。7分咲きくらいの木も少しはあり、3分咲きく、2分咲き、くらいのもある。ならせば5分咲きというところか。

Tati0009

毎度、下手くそなスケッチで恐れ入りますねえ。

狭山市で、今普通に稲荷山公園といわれているのは、少し前までハイドパークというのが正式の名前でした。稲荷山公園というのは、ハイドパークに隣接している公園でした。市役所の、公園などを管理する部署に聞くと、その違いを教えてくれました。でも、市で発行する地図でさえ、ハイドパークのことを稲荷山公園と書いていました。今はハイドパークという名称はありません(あー、ややっこしいなあ)。

上のスケッチは、昔からの稲荷山公園で描いたもの。丘の上から見ると、斜面にある桜の木の形がおもしろいので、描いてみました。見ての通り、枝は切られていますから、花は期待できません。それでも、申し訳程度に出ている小枝に、いくらか花がつくようです。まだ咲いていません。

この斜面のしたには、かたくりが咲いています。

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2009年4月 1日 (水)

あれから10年

4月1日(水)

妻が亡くなって今日で10年。涙で暮らしたといえば殊勝だけれど、結構楽しく暮らしています。

なるほど、無くなった当座は落ち込みもしました。自分を責めました。しかし、いい加減な性格のせいか、それも長くは続きませんでした。

アラブの諺には、良いものがありますね。「今日の悲しみは、今日のみにて足る」。またこんなのもある、「過ぎたるを悔やむ無かれ、まだ来ぬを憂うる無かれ」。

この10年、妻を思い出さなかった日は1日としてなかったとは言える。だからといって、いちいち悲しんだり憂えたりするわけではない。ただ思い出すだけである。どちらかといえば、のんきに、楽しく暮らしている。

幸せというのは、金銭的なゆとりにあるのではないと思っている。私は紛れもなく貧乏だけれども、食うに困っているわけではない。3度3度食事が出来て、酒まで飲めて、寝るところがあって、金のかからない趣味と、ボランティアなどという暢気なことをやっていられる。1人だからといって、家でテレビを見ているだけで、孤独感にさいなまれるという生活ではない。

これもまたアラブの諺だが、良く思い出す言葉がある。「悩む者は富貴にして悩み、愉しむ者は貧にして愉しむ」。

パソコンの前の壁に、妻のちぎり絵が飾ってある。絵画的才能は、私などよりあったんだなあ、と思う。妻の遺影の前に花を飾り、静かな1日をおくる。なあに、雨だったからさ。天気だったら、外に出てますよ。

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