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2009年3月30日 (月)

またも、曖昧さに耐える

3月30日(月)

精障者作業所Mへ。模様替え当日。新しい休憩室を作るため、パネルの組み立て。大きな問題はなく組み上げることが出来た。

スタッフのSさんが明日でやめるため、隣のイタリア料理店で、送別会。これからしばらく、療養生活に入る予定。

実は、わが家では不思議なことが時々起こる。テレビを新しくするまでは、夜中にテレビが勝手につくことがあった。「うー」というような音がして、ポッとテレビが点くのである。私は大抵「うー」という音で目が覚めた。今のテレビに変えからは、点くことはない。その代わり、たまにエアコンがつくことがある。やはり夜中だ。リモコンは、抽斗の中に入れてある。私が寝ぼけて取り出すとは考えられない。ホラー映画の世界だね。

テレビもエアコンも、原因は分からない。多分、何か科学的な理由があるのだろうと思っている。

マンションの私の部屋は、実をいうと二人の自殺者が居る。恥ずかしながら、1人は私の妻である。精神障害による自殺だった。もう1人は、このマンションの先住者である。M夫婦が住んでいたのだが、その息子さんが自殺した。ノイローゼだったという。私たちは、それを知らずに買った。

ここで短絡的な考え方をする人ならば、部屋の因縁とか、のろいとかを考える。まして、理由も分からないのにテレビが点いたり、エアコンがついたりするのだ。霊魂の仕業、等と思うだろう。

テレビやエアコンの話しをすると、「気持ちが悪い」と人はいう。私は平気なんですね。

妻の死については、私にも責任があるかもしれないとは思う。しかしどんな人だったら、妻のような人にたいして完全な対応が出来たのか、という居直った気持ちもある。いずれにしても、それとテレビやエアコンの関係なんてわからない。

原因が分からないからといって、すぐに、霊のせいだと考えるのは安易だと思っている。

基本的には、人間は死んだら、大脳が滅びると共に霊魂も滅びると思っている。しかし、実証することは出来ないから、半信半疑のままだ。だからといって、科学的に説明できないものを、すぐに霊魂に結びつけるような考え方には与しない。

このブログに、何度も書いたと思うけれども、曖昧さに耐えるというのはそういうことだ。分からないものは、分からないとしておく。テレビのこともエアコンのことも、安易に霊に結びつけたりしない。たんに、わが家では不思議な現象がある、というに留めておく。それが事実なのだから。

曖昧さに耐えられず、簡単に結論を付けて、強力に主張したりするのは、その勢いにかかわらず、むしろ精神の弱さをあらわすものだと私は考える。

別段霊魂に限らず、何事でも簡単に結論づけて、口角泡を飛ばして主張するような人を、私は信用できないのです。

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