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2009年3月13日 (金)

青色申告・蛇がいなくなった

3月13日(金)

市役所に、青色申告に行く。

期日が迫っているので、これ以上のばせないと思った。忙しかったというのは言い訳で、例によって、面倒なことは先に延ばす性癖が現れたのである。

日本では、「今日の仕事を明日に延ばすな」というのが、お偉い方々の考え方だろう。アラブには「明日で間に合うことを今日するな」という格言があるそうだ。ほんとかなあ。でも、これもなかなか立派な考え方だと思うよ。「この命なにをあくせく明日をのみ思い煩う」(藤村の詩の一節。音は合っているが、文字は違うはず)。

青色申告で、還付金が500円くらいある予定。コーヒー飲んでおしまいだけれど、追加で取られるよりはまし。

ミツバチが少なくなっているんだそうですね。スズメバチは増えているような気がする。ともあれ、雀もへっていると言うし、何かが起きているんだな。

私は10年以上前から、蛇が少ないのが気になっている。山に入っても、蛇に遇うことがほとんど無いんですよね。蛇なんて、遇いたいものではない。私だって大嫌いだ。しかし、山に入っても、川岸の土手を歩いたも、ほとんど目にしないのは、異常だと思っている。

本当は、蛇が少なくなったのは、10年前どころではない。もっと、ずうっと前からだ。原因はいろいろあるだろうが、餌が少なくなったのは確かだ。農薬やら何やらで、昆虫が少なくなり、それを食べる小動物が減り、蛇も少なくなったというわけだ。

俳句の季語に「蛇穴を出づ」とか「蛇穴に入る」等という季語がある。「穴を出づ」の方は冬眠から醒めた蛇が地上に出てくることを言い、「穴に入る」の方は、冬眠するために穴に入ることを言う。ご丁寧に「穴惑い」などと言う季語もある。冬眠するためにどの穴に入るか迷っている蛇のことだ。今時、そんな季語を使った俳句にお目にかかると、見たこともないくせに、と、私は思ってしまう。私だって、蛇が穴に入る現場は見たことがない。「蛇穴に入る」は蛇がいなくなったと言うことだから、何も現場を見なくても良いのだけれど、なんだかそぐわないんだよなあ。

何も見たことだけを作るのは俳句ではないから、イメージで作っても、何となく実感のようなものが感じられれば、それはそれで良いのだけれど、そんな俳句を作る人に、蛇が少なくなったという実感があるのかどうか。

「蛇皮を脱ぐ」とか、「蛇の衣」等という季語もある。蛇は脱皮して成長する。蛇の抜け殻が木の枝や石垣や草の上にあったものだが、蛇自体の数が減ってしまったから、今はそんなものを見る機会も少ない。蛇の抜け殻を財布に入れておくとお金が貯まる、なんてことも言われていたけれどね。季語が沢山あると言うことは、蛇がそれだけ身近な存在だったのだと言うことなのだけれど、あんまりそんなことは考えずに、「蛇穴を出づ」なんて句を作るんですよね。

このまま進めば、宇宙人が地球を見て、「このごろ人間が少なくなった」なんてい言う時代が来るかも知れない。そういえばツルゲネフの「散文詩」の中に、山々が、人間が少なくなった話しをしているのがあったなあ。あれは公害のことを考えて書いたわけではないだろうけれど・・・。

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