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2009年3月31日 (火)

『福翁自伝』の感想

3月31日(火)

『福翁自伝』を読んで「へえー、そうなの」と思ったことがある。明治元年、王政復古がなっても、福沢諭吉は新政府を、攘夷思想の持ち主達の集まりと思っていたようである。

幕末の志士たちも、はじめは尊皇攘夷ということで立ち上がった。幕府がなし崩しに鎖国を解いていくことがけしからんと考えていたわけだ。幕府の方も、本音を言えば外国と通商などしたくはなかったのだが、外国の圧力に負けて、渋々国を開いたわけだ。しかし、それが志士たちには気に入らない、というのが尊皇攘夷運動の始まりだったと理解している。

いつの世だって、人々は自分に都合の良い世の中になることを求めるのである。多少のことは我慢しても、どうしても生きにくい世の中になってくれば、それを変えようとする動きが出てくる。幕末、武士階級の身分はかたまってしまい、下級武士は才能があっても出世できない、馬鹿でも家老の子は家老という状態だった。封建制度も行き詰まって、下級武士達の生活は厳しくなっていた。その状態を打破しようというのが尊皇攘夷の運動だったと思う。自分たちの地位を守ろうとしたのであって、文明開化を求めるものではなかった。

それが薩英戦争や、下関事件などで外国の力を知り、志士たちも攘夷などといっていられないことを悟ったのだと思っていた。しかし考えてみれば、倒幕の指導者達は攘夷の無謀を知ったとしたも、尊皇攘夷思想に踊らされた多くの者たちは、その理解はなかったかも知れない。幕府を倒せば攘夷が実現でき、日本は理想の国になり、自分たちの地位も安定する、等と考えた人達もいるのだろう。

討幕運動というものが、もともと攘夷思想から始まっているのだから、明治元年、王政復古がなっても福沢諭吉が信用しなかったのも、もっともである。まだ混沌としていたのでしょうね。

福沢諭吉ははじめから開国論者だし、門閥制度は嫌いなのだから、幕府側と尊皇攘夷派のどちらにも与せず、冷静に眺めていたのである。

もう一つ、教育にかんすること。諭吉は子どもたちをアメリカに留学させるとき、「学問を勉強して半死半生の色の青い大学者になって帰ってくるより、筋骨たくましい無学文盲なものになって帰ってこい」といっているのがおもしろい。

諭吉の『福翁自伝』を読んだためか、こんどは勝海舟の『氷川清話』を読みたくなった。これも、昔読んだことはある。もとより勝海舟は大変な偉人ではあるけれど、その時、ちょっとはったりの強いところもあるなあ、と思ったのも事実だ。これも文庫本であるようだ。

本当は、海舟の父、勝小吉の自伝みたいなものがあるはずで、破天荒でかなりおもしろいらしい。小吉は文章などあまり書けなかった人らしいのだが、妻に書き取らせたものだったと思う。これは本になっているのだろうか。読んでみたいものだ。

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2009年3月30日 (月)

またも、曖昧さに耐える

3月30日(月)

精障者作業所Mへ。模様替え当日。新しい休憩室を作るため、パネルの組み立て。大きな問題はなく組み上げることが出来た。

スタッフのSさんが明日でやめるため、隣のイタリア料理店で、送別会。これからしばらく、療養生活に入る予定。

実は、わが家では不思議なことが時々起こる。テレビを新しくするまでは、夜中にテレビが勝手につくことがあった。「うー」というような音がして、ポッとテレビが点くのである。私は大抵「うー」という音で目が覚めた。今のテレビに変えからは、点くことはない。その代わり、たまにエアコンがつくことがある。やはり夜中だ。リモコンは、抽斗の中に入れてある。私が寝ぼけて取り出すとは考えられない。ホラー映画の世界だね。

テレビもエアコンも、原因は分からない。多分、何か科学的な理由があるのだろうと思っている。

マンションの私の部屋は、実をいうと二人の自殺者が居る。恥ずかしながら、1人は私の妻である。精神障害による自殺だった。もう1人は、このマンションの先住者である。M夫婦が住んでいたのだが、その息子さんが自殺した。ノイローゼだったという。私たちは、それを知らずに買った。

ここで短絡的な考え方をする人ならば、部屋の因縁とか、のろいとかを考える。まして、理由も分からないのにテレビが点いたり、エアコンがついたりするのだ。霊魂の仕業、等と思うだろう。

テレビやエアコンの話しをすると、「気持ちが悪い」と人はいう。私は平気なんですね。

妻の死については、私にも責任があるかもしれないとは思う。しかしどんな人だったら、妻のような人にたいして完全な対応が出来たのか、という居直った気持ちもある。いずれにしても、それとテレビやエアコンの関係なんてわからない。

原因が分からないからといって、すぐに、霊のせいだと考えるのは安易だと思っている。

基本的には、人間は死んだら、大脳が滅びると共に霊魂も滅びると思っている。しかし、実証することは出来ないから、半信半疑のままだ。だからといって、科学的に説明できないものを、すぐに霊魂に結びつけるような考え方には与しない。

このブログに、何度も書いたと思うけれども、曖昧さに耐えるというのはそういうことだ。分からないものは、分からないとしておく。テレビのこともエアコンのことも、安易に霊に結びつけたりしない。たんに、わが家では不思議な現象がある、というに留めておく。それが事実なのだから。

曖昧さに耐えられず、簡単に結論を付けて、強力に主張したりするのは、その勢いにかかわらず、むしろ精神の弱さをあらわすものだと私は考える。

別段霊魂に限らず、何事でも簡単に結論づけて、口角泡を飛ばして主張するような人を、私は信用できないのです。

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2009年3月29日 (日)

散歩など

3月29日(日)

稲荷山公園まで散歩。約50分。40分くらい歩いたところで、「足が速いですね」と後ろから声。車椅子の会に良く来てくれる中村市議だ。足の速い私に追いつくのだから、市議はもっと早いことになる。どこの県かは知らないが、県人会が稲荷山公園であるのだそうだ。公園まで同道。稲荷山公園の桜は、昭和13年に植えたものであることを教えてもらう。71年目に当たるわけだ。

市議とは公園入口で別れる。

公園内の散歩。花見の人はいるが、駐車場が満杯になるほどではない。花は3分咲きくらいかな。稲荷山公園の石心会病院側の斜面には、かたくりが咲いている。それに、諸葛菜(ハンダイコン)とスミレ。斜面には紫色の花ばかり。

Tati0009 Tati0010         稲荷山公園のスケッチ。人間のスケッチもしたけれど、みんな動くからね、たとえば次のようなスケッチになってしまう。

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桜の写真を撮ろうとしている人達だが、こっちの都合も考えずに、すぐにいなくなるのである。

その後、東村山の中央公民館へ。狭山市の公民館よりよほど立派です。Sさんの奥さんは水彩画をやっている。そのグループの水彩画展示会。1人2点ずつの展示。Sさんの奥さんの絵は、2点とも雪の風景画。小品だが、静謐な良い絵である。

西武線の中でもスケッチ。花の写真を撮る人よりは動きが少ない。途中駅で下車されてしまうのはいかんともしがたい。

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1人は文庫本を読んでいます。もう1人は、私が描いていることに気がついたように見えたので、やめました。

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2009年3月28日 (土)

秩父巡礼古道

3月28日(土)

山の会の仲間7人で、秩父江戸巡礼古道を歩く。私は2度目で、案内役のはずなのに、大方話忘れてしまって、人に教わったり、仲間に指摘されたりしながら、道を探って歩く始末でした。本当は1回目の時だって、私がリーダーで行ったのです。

秩父線大野原駅下車で、宗福寺、龍石寺、音楽寺、宝泉寺などを訪ね、最後は清酒秩父錦の資料館に寄って、影森駅へというコース。

宗福寺は秩父札所に入っていませんが、カエルの像が沢山ある寺なので、私のお気に入りです。去年この寺を訪ねたとき、幾つかの写真をブログに載せたので、今日は去年と違う写真を載せます。残念なことに、カエルの頭が切れました。

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季節が季節なので、道筋には多くの花が咲いています。

音楽寺の境内には秩父困民党の碑もありました。書かれている言葉は、「われら秩父困民党 暴徒と呼ばれ 暴動といわれることを 拒否しない」

秩父錦の資料館では、もちろんお酒を買って帰りました。

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付け足しのようですが、狭山市に帰って、駅前の中華料理店に入ったら、Kさん、Aさん、Oさんがいました。山からの帰りだといいます。KさんとAさんはいつもの山中間、Oさんとも1度一緒に山へ行ったことがあり、飲んだこともあります。

ついでに付け足し。昨夜アップしましたが、写真の入り方がおかしかったので、29日朝、訂正しました。

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2009年3月27日 (金)

ルビ 水彩画の会

3月27日(金)

私は毎日新聞を取っている。その1面に「季節のたより」という小さなコラムがあり、俳人の坪内稔典が俳句と浮世絵版画を紹介している。今日の俳句は、

 寄生独身ふえる黄水仙  広瀬邦弘

である。この「寄生独身」に「バラサイトシングル」とルビを振っている。なるほどねえ。

私の少年時代は戦中戦後で、満足な本はなかった。私は近所の人から、講談文庫を借りて呼んだものだ。その頃の本の難しい漢字にはには、必ずルビが振ってあった。私はそのルビのおかげで、本を読めたし、漢字も覚えた。しかしそのルビは、正しい読みをあらわすとは限っていなかった。

講談文庫の中では、悪漢が美女を襲い、あわや落花狼藉の振る舞いにおよぶとき、正義の豪傑が現れて、悪漢をやっつけたりする。その「落花狼藉」とは何を意味するのか分からなかったが、何しろたいそう悪いことで、「ラッカロウゼキ」と読のだということはルビで覚えた。

しかしこのルビというやつ、かなりくせ者で、「怨念」に「ニクラシイ」、「屈辱」に「クヤシイ」などとルビを振ったりする。だから、ルビを全面的に信頼してもいけないのだった。

今日の「季節のたより」を読んで、まさか「寄生独身」を「シングルサイト」と読むのだと思う人はいないでしょう。その点は安心ですけれど、ルビには、本当の読みではなく、意味を振りたくなることもあるでしょう。しかしその場合、「落花狼藉」にはどんなルビを振るんでしょうかね。想像がちょっと下品だったかな。

今日の新聞を読んで、ふと昔のことを思い出しました。本当は、俳句の言葉の使い方、漢字などについても、少しは考えたのだけれども、それを書くと長くなるので、またの機会にします。

○。

水彩画の会。

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2009年3月26日 (木)

無題

3月26日(木)

ボラグループ定例会。

寒い1日でしたね。冬の逆戻りです。

ちょっとした書類を作りました。

今日のブログは何も無しです。

何日か前に「自戒」というタイトルで書きましたが、「自慰」と似て居るんですかね、エロサイトのトラックバックが沢山つきました。いちいち消すけれど、面倒です。

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2009年3月25日 (水)

習慣だから書くだけの日

3月25日(水)

今日は家事をやる日。

先日壊れた洗濯物のハンガーを買いに行く。シャツを10枚くらい干せるものとか、タオルを10枚くらい干せるものなどだが、なるべく安いのを買っても、1個1000円近くもする。ビンボー人は辛い。4個買う。

月1回の病院通い。たいして高くもない血圧の検査だ。そして買い物。これで午前中は終わり。

私は、朝はしっかり食べる。夜は酒が中心になる。近ごろ昼はあんまりお腹がすかない。今日はキャベツの葉3枚と、あらかじめ刻んで冷凍していた伊予柑の皮をひとつまみ、蒸し器で蒸して食べた。酢味噌和えにするつもりだったのだけれど、酢を買い忘れた。先日使い切ったのだ。やむを得ず、めんつゆと味噌、みりん、砂糖などを適当に混ぜて、たれを作った。結構おいしい。

午後、本当は作るべき書類があるのに、昼間からパソコンにむかう気がしない。と言うか、酒も飲まずに文章を書くなんて、私の生活スタイルに反する。

で、取りあえず酢を買いに行く。さてその後だ。鼻毛を抜きながらテレビを見るのもいいけれど、見たい番組もない。久しぶりに市内の温泉に行く。体重が少し下がっていた。69キロ。ひょっとするとこれは2-3年ぶりかも知れない。ずっと、70キロを切りたいと思っていた。

そして夜、ブログの前に書類作りと思ったのだけれど、下書だけで終わった。私は「あしたで間に合うことを今日するな」という外つ国の諺の信奉者である。

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2009年3月24日 (火)

統合失調症の講演会

3月24日(火)

午前、精障者作業所Mへ。

午後、狭山教育センターで統合失調症の講演会。講師はこぶし福祉会ではおなじみ、狭山ヶ丘病院長の守屋朝夫先生。

統合失調症について、総合的に大づかみをして、、病気の説明、治療の方法、再発しないためのリハビリのコツ、家族やまわりの人ののあり方などの話。

講演は、分かりやすくて良かった。広く浅くという知識ではあるけれど、私たち相手の講演会では、それほど専門的な話も出来ないものね。

セロトミンというのは、ドーパミンの暴発を防ぐ物質だそうです。といきなり書いたら、精神障害について何の知識もない人には、何のことか分からないでしょう。

私たちがものを見たり、聞いたり、感じたりするのは、目で見たものを神経が脳に伝えたり、耳で聞いたものを神経を通じて脳に伝え、手で触ったものを神経経由で脳に伝えるためです。その神経は、大きな細胞ですが、一つの細胞だけで脳まで達するわけではありません。一つの細胞から次の細胞へ、伝言ゲームのようにして伝えて行くわけです。その伝達物質が、ドーパミンというわけです。

実は神経伝達物質というのは、ドーパミンばかりではなく、沢山あるらしいのですが、素人の私には読んだり聞いたりした程度の知識しかなくて、深くは知りません。ノルアドレナリンなんていうのもあるようです。ドーパミンの方は、興奮させる物質で、ノルアドレナリンは不快感を感じさせる物質のようです。

今日の講演では、ノルアドレナリンの話は出なかったのですが、セロトニンというのは、ドーパミンやノルアドレナリンの暴発を防ぐ物質のようです。オーケストラでいうなら、指揮者の役割ですね。だから、精神や肉体の健康のためには、セロトニンが必要ということになります。癒しの物質だそうです。

統合失調症は、ドーパミンなどの神経伝達物質が過剰に出るため、神経同士の伝言ゲームが正しく行われなくなるための病気と思われています。ですから、ドーパミンなどの暴発を抑えるため、セロトニンが必要ということになります。

そのセロトニンは、規則正しい生活や、良く歩くなど、健康的な生活から生まれるようです。夜更かし、朝寝なんて言うのはよくないんですね。

清く正しく、健康的な生活を送り、心身ともに健康になりましょう・・・。なんてね、エへへ。

今日のブログは、守屋先生の話ばかりではなく、私が調べたこと、知っていたこと、等を加味して書いています。間違いがあれば、それは私の責任です。

精神障害の子供、精神障害の家族が居る場合、親の責任とか家族の責任とかを問題にする人がいますが、それは間違いであることだけは書き添えます。

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2009年3月23日 (月)

記憶力だけでは・・・

3月23日(月)

精障者作業所Mへ。30日に取り付ける予定のパネルの塗装。

メンバーさん達が、畑をやりたいというので、またやることになりそう。

知人のHさんは、今、なにやら問題の漢字検定で1級を取ったそうである。ある時私に、読みの難しい漢字を20字くらい見せて、どう読むか分かるか、と言う。読めるのもあれば読めないものもある。Hさんの予想よりは読めたようで、私は2級の実力があるそうだ。2級って、どの程度なのかね。その質問は愚問。2級というのは、2級程度なのだ。と、これは自問自答。

Hさんに依れば、私には雑学があるので感心するという。私は雑学なんて、特に覚えようとしたことはない。私には専門がないものだから、興味にまかせてさまざまな本を読んだ。読書量はかなり多い方である。覚えようとしなくても、いくらかは残る。

勉強したり、本を読んだり、様々な経験を積めば、誰だってある程度の物知りにはなるのである。但し、なんやかやの知識があると言うことと、頭の良いこととは別である。知識ばかり豊富で、たいして頭の良くない人も多い。逆に、たいして知識を持たなくても、頭が良いな、と感じさせる人もいる。

知識が多いということは記憶力が良いと言うことだろうが、だから頭が良いと言うことにはならない。頭の良さには、さまざまな要素がある。判断力、推理力、決断力、論理的に考える力、勘、その他諸々。要するに考える力があるかどうかだ。頭が良いとは、考える力があると言うことである。

知識というのは、考えるための材料になる。材料は少ないよりは多い方がいいだろう。しかしその材料を生かせなければ何もならない。

食材を沢山使って、調味料を沢山使って、たいしておいしくない料理を作る人もいる。わずかの食材、限られた調味料でおいしい料理を作る人もいる。それが料理人の腕である。

頭の良さというのも、これに似て居るんですね。知識が豊富でも、大した判断が出来ない人もいるし、逆の人もいる。

英語の出来ない私がいうのも変だが、ワイズとクレバーの違いです。ワイズは物知り。クレバーは状況に応じて的確な判断をし、的確な行動をとれること。記憶力だけで頭の良し悪しは分かりません。

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2009年3月22日 (日)

洗濯ハンガー

3月22日(日)

強風。

洗濯をして、ベランダに干す。風は強いがベランダなので大丈夫と思っていたのに、強風に煽られて洗濯物を吊したまま、竿がはずれて、洗濯物がベランダに落ちてしまった。おかげで敷布など、洗濯をし直さなければならない。

怠け者の節句働き、なんて言葉があるんだなあ。あまり洗濯をしないものが、大風の日に洗濯をするなんて、まさにこれだね。

Tati0009 洗濯物を干すとき、私はイラストのようなハンガーを使っている。10年位も使っているから。下にぶら下がっているプラスチックの洗濯ばさみが脆くなって、別に大した刺激を与えなくても欠けるようになった。

私は自他共に認めるビンボー人だから、洗濯ばさみが欠けたからといって、新しいハンガーは買わない。洗濯ばさみがぶら下がっている鎖をペンチで開き、新しい洗濯ばさみをぶら下げる。洗濯ばさみが欠けるたびにこれをくり返した。こうして今では、ほとんどすべての洗濯ばさみが、新しいものに代わっている。

だが脆くなったのはプラスチックの洗濯ばさみばかりではない。鎖の部分も弱くなっていたのである。今日、強風に煽られて物干し竿がベランダに落ちたとき、その衝撃で、鎖が何カ所かちぎれた。イラストに描いたようなハンガーだけでなく、他のハンガーも含めて、合計で4個のハンガーの鎖がちぎれてしまった。物干し竿のぶら下げると、平行には下がらず、右が跳ね上がったり、左が上がったり。どうにもしょうがない。諦めて新しいものを買うしかないね。

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2009年3月21日 (土)

俳句の会・続八王子城趾

3月21日(土)

俳句の会。欠席者多く、8人くらいの会になってしまった。遅ればせながら会計報告。

昨日の続き、八王子城趾

八王子城は前田利家、上杉景勝軍に攻められて落城した北條氏照の城だそうです。本丸跡は結構きつい山の上にあり、標高は表示されていないが、昭文社の地図で調べると455メートルあまりだ。

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本丸への登り口と、途中の山道。最後は急登で、山歩きのつもりにならなければ駄目。

頂上は狭く、本丸と言ってもごく小さい建物だっただろう。見晴らしは二の丸付近がいい。

城主は御主殿に居たようである。御主殿は中腹にあり、いくつもの橋を渡らなければたどり着けない。

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城趾へ行く途中に石屋さんがあり、彫刻をしている人を見かけた。

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2009年3月20日 (金)

墓参・八王子城趾

3月20日(金)

墓参。出るときは少し雨が降っていたので、傘を持っていった。しかし狭山市駅前でバスを降りたときは、もう必要がなかった。折りたたみにすれば良かったのに、大きな傘だったので、最後までこの傘がじゃまになった。電車の中で本を読むのにも、じゃまくさかった。

わが家の墓は、高尾の都営八王子霊園。彼岸の中日なので、多くの人がきている。隣のお墓にきていたご夫婦と「これまで一度も会いませんでしたね」などと挨拶を交わしたりして、小1時間の墓参。

いつもだと墓参の帰りは「森林植物研究所」?と言うんだったかな、とにかく全国からさくらを集めているところへ行くのだけれど、なんと去年の8月に崖崩れがあり、閉園中だって。後2-3日で開園の予定だと言うから、なんと間が悪い。

八王子城趾が近いらしいので、そちらへ行ってみることにした。土地の人に教えられた道を行くと、お寺があって、看板に八王子城趾地図が書いてある。皆まで読まず、その寺に入っていくと、霊園に出た。その後ろに山があるのでそちらかと歩いていくと、山を巻くようにして道がある。その道を歩く。山の中腹をぐるりとまわって、馬蹄形の形に40分くらい歩いたら鉄の柵があって、行き止まりのように見える。

「ここまで来て行き止まりだったらおれは怒るよ」と声に出して言ってみる。言ってみたのは良いけれど、本当に行き止まりだった。怒りたくても、怒る相手がいないんだもの情けないね。周りを見ると、斜め下に舗装道路が見える。行き止まりの先の草の急斜面を、無理やり下りると、なんと都営八王子霊園に出た。

すごろくなら、「ふりだしに戻る」だ。兼ねてから私は方角音痴だと自覚している。ここまで音痴なら人類として希少種に属する。天然記念物ものです。

初志貫徹。もう一度八王子城趾の説明看板のところまで戻る。そして最後まで読んでみたら、「ここから10分」と書いて、矢印があった。私は方向音痴もさることながら、粗忽者、うかつものとして、人間国宝級である。

それから八王子城趾に行きました。だけど本題の八王子城趾について書く前に、書き疲れちゃった。後はメモ用紙に描いたスケッチにします。

八王子城趾にの丸付近と御主殿跡へ渡る橋です

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マンションの花

3月19日(木)

山の会の総会。2年間会長を務めたが、もともと山の実力はない。行き届かないところもあったが、これで終わり。まずは良かった。ヤレヤレ。

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我がマンションの玄関に、いつも花を飾ってくれる人がいる。Yさんである。これは今日の花です。美しいですね。

「お花代だけだって大変でしょう?」というと、「もらうのも多いから」と答える。

それにしても、大変なボランティアです。Yさんは、マンションの花壇の手入れもしている。私はいつも楽しませていただいています。

感謝の意を込めて、ブログに載せました。

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2009年3月18日 (水)

散歩とスケッチ

3月18日(水)

このところあれやこれや忙しかったが、今週はのんびりした1週間になっている。

昨夜頼まれていた原稿の催促があった。すっかり忘れていたので、今朝、慌てて書く。原稿用紙2枚程度だから、どうと言うこともない。

山の会の総会が明日なので、その必要書類を作ったが、これもさほど大変なことはない。

それが終わったら、後は暇だ。スケッチブックを持って、散歩の出る。歩いていくところは、大概決まっているんだよね。

Tati0009 智光山公園に辛夷が咲いていました。スケッチは大抵鉛筆だけでやっていますが、辛夷の白い花は、色を付けないと感じが出ません。私の絵など、まともに見てる人はいないでしょうから、どうでもいいんだけどね。

辛夷と言えば、わが家の玄関から見える一に、大きな辛夷の木があります。今年も見事に花を付けました。その辛夷で、私は何句も俳句を作りました。幾つか披露します。

俳句を始めたばかりの時に作った句。

  白ければ画布に溢れる辛夷かな

2.3年前に作った句

  大樹とはかくのごとしと辛夷咲く

ことしの句

  夕風や辛夷はあした咲くつもり

だんだん下手になってますね。

それはともかく、散歩とスケッチです。

Tati0010 智光山公園のビニールハウスの前の枝を切られた木がおもしろいので、スケッチしてみました。

Tati0011 入間川駅近く、八幡神社の「新田義貞駒つなぎの松」です。新田義貞が鎌倉攻めの時、八幡神社に必勝祈願をし、その時この松に駒を繋いだのだそうです。今では腐った根っこしか残っていないし、もう松だか何だか分からない代物です。

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2009年3月17日 (火)

自戒

3月17日(火)

こぶし福祉会本部へ。

簡単な用事を済ました後、福祉会の理事だった人がそばを打ってくれるというので、それを食べる。腰があって、なかなかおいしいものでした。

ところで、一緒にそばを食べた作業所MのKさん、

「ぼんくらカエルさんはいい匂いがする、いつもそう思っていた」

バンザイ。良いことを言ってくれますねえ。私は老臭がするのではないかと気にしているのです。そして、口臭もあるのではないかと気にします。良い匂いなんて、これまで言われたことがない。

「洗濯物の匂い」だそうです。なるほどね。香水やオーデコロンの匂いはするわけがないものね。洗濯物の匂いで結構です。若い女性にそういって貰えるだけでサイコーです。

歳をとった男の一人暮らし、油断をすると、限りなくだらしなくなってしまいます。だから、幾つか自戒をしています。以前に書いたことがあるかも知れませんが、私の自戒をもう一度書いてみます。

①万年床にしない。病気でもない限り、布団の上げおろしは毎日必ず行う。

②下着や靴下は、毎日取り替える。

③風呂には毎日入る。

④取り込んだ洗濯物は必ずたたむ。洗濯物の山から着るものを選ぶようなことはしない。

⑤可能な限り、食事は自分で作る。

だいたい以上のようなものです。

①については、実行しています。但し、布団は上げおろしは良いとして、寝ながら手の届く範囲に新聞や本や筆記用語や眼鏡、等、さまざまなものを置きっぱなしにしています。片付けられない症候群に近いのかなあ。掃除が嫌いだものね。綿埃に気がついても、1回や2回は無視します。今日は掃除をしたけどね。

②や③は守っています。洗濯はのばしのばししますから、下着や靴下は、沢山必要です。たとえばパンツやアンダーシャツ、20枚ぐらいは使っていますね。風呂は好きですから、何の問題もありません。酒と風呂は、毎日やめられません。

④も守ってはいます。しかし、たたむのは洗濯した日には限っていません。次の日や、その次の日になったりします。

⑤については、そうしなければ家計が持ちません。嫌も応も無いのです。この件に関し、気持ちはトホホ。

良い匂いがする、洗濯物の匂いだなどと言われたものだから、脱線して、こんなことを書いちゃった。褒められると、すぐ有頂天になります。だから1人でも幸せにいきられるのです。ついでに言えば、誰も褒めてくれないときは、自分で褒めるのです。

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2009年3月16日 (月)

ヒステリー患者

3月16日(月)

精障者作業所Mへ。

今日は書きたいことがありません。いつもなら無理にひねり出しますが、その気力もありません。Mの模様替えの準備で、パネルを作っていますが、それを今日組み上げました。大きくて重くて、疲れたせいもあります。

考えてみると、私は「精障者作業所Mへ」とか「老人介護施設Kへ」とか書くけれども、その中味を書くことは稀です。そのくせ、洗濯をしたとか、掃除をしたとかはよく書きます。私にとっては、洗濯や掃除の方が特別なことのように思えるんだなあ。

書くことを思い出しました。

3月7日の蛙のたわごと「本を買いに」で「精神障害にも流行廃りがある」と書き、その例として「ヒステリータイプの人は、現在では社会に受け入れられ易くなっている。だから昔より発病しにくい」という意味のことを書きました。昨日それに対するコメントがありました。コメントにはコメントで答えるのが本当でしょうけれど、書いたのが10日近く前のことなので、本文で答えさせていただきます。

コメントは、「今でもヒステリー患者はいますよ」と言うことでした。私もヒステリーが無くなったとは思っていません。但し、派手で自己顕示欲の強い人は、昔ほど嫌われなくなっていると考えています。だから、ヒステリー患者は昔より減っていると考えたのです。そして、現在流行の精神病は「うつ病」と書いたわけです。

専門的な知識があるわけではないので、「当てずっぽう」と言われればその通りです。しかしたとえば、戦前の精神病者全体に対するヒステリー患者の割合と、現代のそれを比べたら、ヒステリーは減っていると考えますがどうでしょうか? そして、うつ病は増えているでしょう。精神病患者自体、現在の方が多く把握されていると思いますが、その中のバランス、パーセンテージの問題で、絶対数を言っているのではありません。

「狐憑き」が「統合失調症」と言うことには賛成したもらいましたが、おおむねそんなところでしょう。しかし、狐憑きは、全部統合失調症だったとは考えていません。たとえば自閉症などもあったでしょう。精神障害についての知識を持たない人々にとって、なんだか訳の分からぬことを言い、訳の分からぬ行動をする人を、狐憑きなどと呼んでいたものでしょう。統合失調症が多かったとは思いますが、正確に言うなら、他の病気もあったと思います。

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2009年3月15日 (日)

多峰之主山

3月15日(日)

久しぶりの良い天気である。今日は何の予定もない。となれば、ちょいと外出をしたくなる。

このところ、1人で山に行くことはなかったが、ふと、手軽な山に行きたくなった。取りあえず自転車で稲荷やも公園に向かおうとしたが、自転車はパンクしていた。別に急ぐわけではない、稲荷山公園駅まで歩くことにした。私の足で50分である。

しばらく歩いて気がつくと、無意識のうちに狭山市駅に向かう道にいる。近ごろこんなことが多いのだ。惚け始めかな、等と平凡な感想を持ちはしたが、そのまま狭山市駅へ行く。

駅前から、入間市駅行きのバスが今まさに出ようとしているので、走っていって、飛び乗った。

とまあ、こんな調子で書いていったら、今日の日記は幾ら書いても終わらなくなってしまう。この書き方はいい加減にやめましょう。

まず、天覧山に登るつもりである。飯能から天覧山の登山口に行く途中、コンクリートの像がいる観音寺と、そのすぐ傍の諏訪八幡神社による。いつもは脇を通るけれども、中には入らない寺と神社である。ついでに、能仁寺による。戊辰戦争の時、戦場になった寺である。

Tati0009 梅と紅葉の美しい古刹。境内でスケッチ。

能仁寺の脇に天覧山に登り口がある。山とは言っても、標高は190メートルあまり、幼稚園の遠足にもなるくらいで、私は10分ほどで頂上に着いてしまった。

そこで休む気も起きず、そのまま多峰之主へ向かう。一度天覧山谷津へ下り、そこから登り返す。たいしてきついところもないし、天覧山から30分ほどで着く。

Tati0010 Tati0011

Tati0012

山頂で食事。アルコールなど飲みながら数枚のスケッチ。

後は御嶽八幡経由で下山するだけと思ったのだが、途中、須佐美坂方面の標識が出ていた。昔はルートを探しながら歩くコースだったが、踏み後もしっかりしているようなので、思わずそちらに曲がってしまった。但し、今日はそちらを歩くつもりはなかったので、地図は持ってきていないのが、少し不安。遭難するようなコースではないので、まあいいでしょう。

このコース、今のところ1度入ってしまうと標識はない。しっかりした踏み後があるのでそれにしたがって歩く。急な降りと、急な登りがある。多峰之主までだと、散歩の延長みたいだが、このコースを加えれば、立派なハイキングコースになる。

隣の山に登ったことになるわけだが、ここから下山するとき、道を間違えたようだ。二股になっているところで左の道を選んだが、右が正しかったようだ。なんとなく道らしいものはあるものの、それまでのようにしっかりしたものではない。イラストであらわすとしたら、歩いたいる人間の頭の上に「?」マークを付けるようだ。

Imgp1050 Imgp1056

それでもかまわず下りていくと、椿の林に出た。枯葉の上に、たくさんの椿が散っている。

さらに下りていくと万福寺という寺の境内へ出た。ここはバス停の永田に近い。まだ帰るには早いので、吾妻峡に行く。名栗川で飯能河原の少し上流である。

Tati0014

吾妻峡へは、バス停の永田大杉からと、吾妻峡入り口から入ることが出来る。しかし、到着点には少しずれがある。このスケッチは永田大杉から入った吾妻峡。吾妻峡入り口からだと、川の中にこのような岩はない。

今日は殴り書きのスケッチを沢山書いたハイキングでした。

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2009年3月14日 (土)

拝啓、今井洋輔様 ・曖昧さに耐える

3月14日(金)

地元の敬老会の誕生会。付き合いで入ったものではあるが、特別に用事がないので、顔を出す。

拝啓、今井洋輔様

私の趣味の一つに数独(ナンプレ)があり、朝晩1問ずつ解いております。毎日のことなので多少は程度も上がり、現在は世界文化社の「ナンプレ」(超上級編19)を解いています。昨夜あなたがお作りになった(055)の問題を解こうとしましたが、失敗いたしました。今朝も解くことが出来ませんでした。今晩3度目の挑戦で、やっと正解を得ることが出来ました。私がこれまで挑戦した数独の中で、もっとも難しい問題でした。このような問題を作られたあなたに敬意を表し、感謝するものであります。今後とも、このような難問を作られ、私どもを楽しませてくださるようお願いいたします。

                      ぼんくらカエル

私はいつも、物事をいい加減に考えていて、適当にごまかしながら生きている。徹底的に考えるということが出来ないから、いつも態度は曖昧なのである。

物事に「絶対」と言うことを、あまり認めない方である。数学や科学の問題ならば、絶対正しいと言うことはあるだろうが、人間相手、社会が相手、と言うことになれば、絶対正しいなどと言うことは、めったにないものだ。

たとえば地球が太陽のまわりをまわっているというのは、多分正しいのだろう。科学の問題だし、私にその能力があればの話しだが、天体の勉強をすれば、同じ結論に達するだろうと思う。しかし、竹島が日本の領土か韓国の領土かと言うことに関しては、本当のところどうなのか、私には判断する自信がない。両方の国が、自国のものと主張する、それぞれの根拠があるのだろうと思っている。私はその問題について、納得がいくまで調べたわけではないから、気分としては日本のものだと思うけれど、確信を持って主張することは出来ない。

私が絶対という言葉を付け確信を持って主張できるのは、人殺しは悪であると言うこと、戦争を起こしてはいけないと言うこと、この二つくらいだ。

物事を徹底的に考えた後で、絶対こうだというのは良いけれど、それほど考えもしないで、自分の考えが絶対正しいなどと主張するのは、むしろ精神の弱さを感じさせる。結論を保留するという、中途半端な状態にいることが出来ないのだろうと思う。

とはいえ、生活をしていく上においては、確信を持てないことでも判断を下し、行動しなければならない。ほぼこちらが正しいだろう、と思う方に傾いて行動するわけだ。そんな曖昧な態度で、今日まで生きてきた。でも、それが間違っていたような気がしない。

一つだけ例を挙げる。

若い頃、町にコーラスグループを作ることが流行って、ロシヤ民謡などを良く歌った。私なども友達とコーラスグループを作ったりした。そんな仲間たちは多くは左翼系で、共産党員もいた。「経済学教科書」等というものを勉強するのも流行っていた。私も誘われて勉強会に参加していたが、ついに共産党員になることはなかった。当時の赤旗などを読むと、スターリンなどはまるで神様のような扱いなのである。私はそのようなことに違和感をおぼえた。私に神はいらないと思ったものだ。

その頃の友達で、今つきあっている人はわずかに2人ほどだが、いつの間にか自民党支持者になっていた。もう無くなった人で言うならば、戦争中に軍国主義者で戦後は共産主義者になり、やがて共産主義の批判者になった人も知っている。そのような人達は、自分の主張を確信を持って語るのである。

私はと言えば、自分の主張にそれほどの確信はないのだけれど、20歳のころ考えていたことと、今の考えとで、基本的には差がない。進歩がないと言われればその通りかも知れない。ふらふらした考えしか持っていない私の方が、考えは変わらないのである。そのせいか、熱狂的に主義主張を述べる人は、何となく信用できないような気分になる。自分の外に神が必要なの人達ではないだろうか。与えられた信仰を、自分が考え出したかのように、熱心に語るのだ。

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2009年3月13日 (金)

青色申告・蛇がいなくなった

3月13日(金)

市役所に、青色申告に行く。

期日が迫っているので、これ以上のばせないと思った。忙しかったというのは言い訳で、例によって、面倒なことは先に延ばす性癖が現れたのである。

日本では、「今日の仕事を明日に延ばすな」というのが、お偉い方々の考え方だろう。アラブには「明日で間に合うことを今日するな」という格言があるそうだ。ほんとかなあ。でも、これもなかなか立派な考え方だと思うよ。「この命なにをあくせく明日をのみ思い煩う」(藤村の詩の一節。音は合っているが、文字は違うはず)。

青色申告で、還付金が500円くらいある予定。コーヒー飲んでおしまいだけれど、追加で取られるよりはまし。

ミツバチが少なくなっているんだそうですね。スズメバチは増えているような気がする。ともあれ、雀もへっていると言うし、何かが起きているんだな。

私は10年以上前から、蛇が少ないのが気になっている。山に入っても、蛇に遇うことがほとんど無いんですよね。蛇なんて、遇いたいものではない。私だって大嫌いだ。しかし、山に入っても、川岸の土手を歩いたも、ほとんど目にしないのは、異常だと思っている。

本当は、蛇が少なくなったのは、10年前どころではない。もっと、ずうっと前からだ。原因はいろいろあるだろうが、餌が少なくなったのは確かだ。農薬やら何やらで、昆虫が少なくなり、それを食べる小動物が減り、蛇も少なくなったというわけだ。

俳句の季語に「蛇穴を出づ」とか「蛇穴に入る」等という季語がある。「穴を出づ」の方は冬眠から醒めた蛇が地上に出てくることを言い、「穴に入る」の方は、冬眠するために穴に入ることを言う。ご丁寧に「穴惑い」などと言う季語もある。冬眠するためにどの穴に入るか迷っている蛇のことだ。今時、そんな季語を使った俳句にお目にかかると、見たこともないくせに、と、私は思ってしまう。私だって、蛇が穴に入る現場は見たことがない。「蛇穴に入る」は蛇がいなくなったと言うことだから、何も現場を見なくても良いのだけれど、なんだかそぐわないんだよなあ。

何も見たことだけを作るのは俳句ではないから、イメージで作っても、何となく実感のようなものが感じられれば、それはそれで良いのだけれど、そんな俳句を作る人に、蛇が少なくなったという実感があるのかどうか。

「蛇皮を脱ぐ」とか、「蛇の衣」等という季語もある。蛇は脱皮して成長する。蛇の抜け殻が木の枝や石垣や草の上にあったものだが、蛇自体の数が減ってしまったから、今はそんなものを見る機会も少ない。蛇の抜け殻を財布に入れておくとお金が貯まる、なんてことも言われていたけれどね。季語が沢山あると言うことは、蛇がそれだけ身近な存在だったのだと言うことなのだけれど、あんまりそんなことは考えずに、「蛇穴を出づ」なんて句を作るんですよね。

このまま進めば、宇宙人が地球を見て、「このごろ人間が少なくなった」なんてい言う時代が来るかも知れない。そういえばツルゲネフの「散文詩」の中に、山々が、人間が少なくなった話しをしているのがあったなあ。あれは公害のことを考えて書いたわけではないだろうけれど・・・。

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2009年3月12日 (木)

102歳のUさん

3月12日(木)

ボラグループ定例会。

老人介護施設Kへ。KさんYさんが3Fへ。私が2F。

102歳のUさん、暮れからしばらく体調を崩して入院していたが、無事、帰ってくる。いくら何でも、歳が歳なので心配していた。何ヶ月もあっていないのに、私のこともちゃんと覚えていて「今日は1人ですか」などと話しかけてくる。入院する前と少しも変わらない。この人のすごいところだ。

惚ける人と惚けない人とで、どこに違いがあるのだろうか。頭を使う人は惚けないなどと言うけれど、私は必ずしもそれが当たっているとは思っていない。たばこを吸わなくても肺ガンになる人がいるようなもので、確率が違うという程度のことだろう。

ちなみにUさんの場合は、かなり頭が良かったことは確かである。

私なんか今から惚けかけているからナア・・・。地の頭も悪いけどさ。

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2009年3月11日 (水)

仲間のイラスト

3月11日(水)

こぶし福祉会評議員会。

お遊びです。先日の山の会の帰り、電車の中で、向かい側に座った山仲間のスケッチをしました。いくらか似ているのもありますが、誰だか分からないのもあります。

Tati0009_2 Tati0010_4

Tati0011 Tati0012

大変お粗末でした。皆様ごめんなさい。 

 

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仲間のイラスト

3月11日(水)

こぶし福祉会評議員会。

お遊びです。先日の山の会の帰り、電車の中で、向かい側に座った山仲間のスケッチをしました。いくらか似ているのもありますが、誰だか分からないのもあります。

Tati0009_2 Tati0010_4

Tati0011 Tati0012

大変お粗末でした。皆様ごめんなさい。 

 

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仲間のイラスト

3月11日(水)

こぶし福祉会評議員会。

お遊びです。先日の山の会の帰り、電車の中で、向かい側に座った山仲間のスケッチをしました。いくらか似ているのもありますが、誰だか分からないのもあります。

Tati0009_2 Tati0010_4

Tati0011 Tati0012

大変お粗末でした。皆様ごめんなさい。 

 

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2009年3月10日 (火)

公序良俗・具体的妥当性

3月10日(火)

精障者作業所Mへ。

このブログでは初めてと思うけれど、今日は法律のことを少し書きましょう。と言って、私のことだから難しいことは書きません。第一、私自身が難しいことは分かりません。

法律と言えば杓子定規で、なんでも型通り決めていくものだという印象を持っている人もいますが、案外そうでもないんです。さまざまな学説があって説が分かれたり、裁判で刑事と弁護士が争うのも、その件に関して、どう解決するのが具体的に妥当であるか、と言うことを探るためだったりします。昨日取り上げた日本語しか話せない少女の家族を、強制送還するという問題も、それで具体的妥当性があるか、と言うところにひっかかるわけです。

私たちの生活に身近な法律と言えば「民法」です。民法だけでは私たちの生活全般を抑えることは出来ませんから、さまざまな特別法があります。民法は一般法で、特別法は、その法律に書かれていることに限っては、一般法に優先します。

「利息制限法」などと言うのもその1つで、サラ金などでお金を借りた人は、この法律で守られるわけです。全部で4条しかない小さな法律です。その第1条には、10万円未満のお金を借りた人の利息は年2割、10万円以上100万円未満は年1割8分、100万円以上は年1割5分までと決められています。それ以上払う必要はないので、覚えておくと良いでしょう。商売用のお金を借りた場合はまた違う法律があるんですけれどね。

部屋を借りている人が、子供が生まれたので出て行かなければならない、なんてことが、今でもあるんですってね。こんな契約は、公序良俗に反すると思うんだけどなあ・・・。

契約は自由で、誰が誰とどんな契約を結んでも良いのですが、法律違反や公序良俗に反するものは無効とされています(民法90条)。公序良俗とは、「公の秩序、善良の風俗」の略です。「あそこの家からお金を盗んできたらお前に半分やる」などと言う約束は、無効だと言うことです。

今「約束」と書きましたが、約束も契約です。「口約束」を無効と思っている人もいますが、そんなことはありません。口約束も有効な契約です。ただ裁判などになったさい、証拠を出せないのが困るわけです。

「子供を産んだら部屋を貸さない」なんて言う契約は、私は公序良俗に反すると思うけれどねえ。もしその判断を下すのは微妙だというのなら、借家法にそれを禁止する条文を入れてもよい。あるいは、ごく短い特別法を作るとかね。(借家法も民法の特別法です)

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2009年3月 9日 (月)

不法入国者とその子供

3月9日8(月)

新狭山駅周辺で、こぶし福祉会による、精神障害者に理解を求めるビラ配り。ビラ配りなんて、ボラをはじめるまで、したことはなかったけれどね。

精障者作業所Mへ。

T氏見守り友愛訪問。

入国管理局で、不法入国の両親と、日本語しか話せない子供を両親の母国に帰すかどうかのニュースが取りざたされている。この種の問題、何回も起きるねえ。子供は日本に残って良いけれども、両親は帰国しろと言うのが、入局管理局の判断なんだって。

法を犯した両親は帰るべきだ、その子は罪がないから、日本滞在を認める、と言うことだ。今回の子供はまだ中学生である。誰か面倒を見る人がいても、1人で残されては気の毒である。私などはおお甘な人間だから、両親の滞在も許してやればいいのに、と思ってしまう。

問題は、国の法律をきちんと守ることを中心に考えるか、子供の人権を中心に考えるかですね。私は、法律というのは人間のためにあるものだから、こんな場合、子供を中心に考えるべきだと思うのです。それをあまり許してしまうと、様々な問題が出てくるのでしょうね。難しい問題だとは思います。

しかし公権力というものは、根底のところでは、弱い立場の者のためにあるべきだと考えます。弱者を見殺しにする法律や権力が正しいとは思えません。

今回の子供はまだ中学生で、

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2009年3月 8日 (日)

高水三山

3月8日(日)

山の会山行。高水三山へ。

曇っていて雨がひり出さないか心配だったけれども、何とか1日持つ。寒かったが、風がないのが良かった。

コース

軍畑駅~高水山~岩茸石山~惣岳山~御嶽駅

登り降りとも階段が多く、大方は植林された針葉樹の中の道。岩茸石山頂からの眺望は360度。曇っているため、抜群の眺めと行かなかったところが残念。頂上付近は、自然の落葉樹も。

Imgp1030 Imgp1029

コースは杉や檜が多いが、落葉樹があるところでは、落ち葉が厚い。そして大小の岩。どの山にも似たようなところはありますが・・・。

Imgp1035 Imgp1031

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2009年3月 7日 (土)

本を買いに

3月7日(土)

川越紀伊国屋へ本を買いに行く。いつもとは違う道を歩くことにしたら、途中で行き止まり。右に曲がったり左に曲がったり、適当に歩いているうち、いつもの道なら川越に着くと思われるころに、ひっこりと知っている道に出た。それから20分くらい歩いて、紀伊国屋に着く。

実は私のマンションの隣が本屋で、週刊で発行される冊子を2種類取り寄せてもらっている。だから欲しい本はそこで頼めばいいのだけれど、私としては、欲しい本以外のものも見たいのです。

今回欲しかった本に「福翁自伝」があります。若い頃読んだことはありますが、今回は、明治維新のころ、刀を振り回していない知識人が、どんな思いでその時代を生きていたかに興味がありました。「天は人の上に草鞋を作らず、人の下にちょんまげを作らず・・・いや、人の下に丸髷を作らず・・・ではなかった。下級武士の子として生まれ、人は生まれながらに平等だと主張した人の思いを知りたいのです。

「福翁自伝」は岩波文庫にあると思いましたが、今日は見つけられませんでした。しかし、4冊の本を買ったので、それはまたこんどと言うことにします。

衝動買いをした本があります。それは「時代が作る狂気~精神医療と社会」芹沢一也著、朝日選書です。

私はかねがね、精神病にも時代による流行があると思っています。たとえば私が子供のころ、狐憑き、と言われる人々が居ました。その多くは統合失調症だったと思いますが、そんな人は今はいません。狐憑きが統合失調症と同じだとすれば、時代による流行とは関係ないことにな。この論旨、ちょっとおかしい。

どうも引用する例が良くなかった。ヒステリーならどうでしょう。私の若い頃は、ヒステリーとささやかれる女性が今より多かったと思います。実際にヒステリー患者も多かったのではないでしょうか。

私は精神科医ではありませんから、本当のところは知りませんが、ヒステリーと言って私が思い浮かべる性格は、自己顕示欲が強く、派手好き、目立ちたがりで、異性に媚を売るような所があり、大げさな振る舞いをする、等です。この性格、昔は抑圧されなければならなかったけれど、今では割とすんなり受け入れられるのではないでしょうか。受け入れられるのであれば「キーッ」と言ってヒックリカエル必要もないわけです。

現在増えているのは、うつ病だと思います。とにかく競争社会で、どんどん落ちこぼれを作っています。派手で目立つのはよいことで、真面目で引っ込み思案の人には生きにくい世の中になっています。何でも自己責任と言われ、失敗を人のせいにせず、自分を責める人が鬱になるのです。うつ病は現代病、今流行っている精神病と思います。

そんな気持ちが根底にあるものだから「時代が作る狂気」を衝動買いしたわけです。

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2009年3月 6日 (金)

水彩画の会

3月6日(金)

一昨日は雨。昨日は晴れ。今日は雨。明日は晴れの予報。そして明後日は雨だってサ。大衆食堂の日替わり定食のようだ。他のメニューはないのかね。

水彩画の会。車椅子のNさんが水彩画をやりたいというので、F公民館前で待ち合わせる。そこまでは電動車椅子で来ると言うことだった。しかし雨が激しいので、それでも来るのかどうか電話すると、それでも来るという。

車イスの人でも、なかなか外へ出ない人と、積極的に出る人がいる。彼女は出る人なのだ。

Imgp1022

多少不自然なところもあるが、これが今日描いた絵です。先日訪れた浜離宮の梅の写真と、子供のイラストを組み合わせて描いたもの。梅の木の下に、黒い野良猫も居たのです。子供を入れる都合上、ノラ公には位置を変えてもらいました。

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2009年3月 5日 (木)

無題

3月3日(木)

精障者作業所Mへ。

何を書きましょうかね。民主党の小沢代表の周辺がなにやらざわめいているけれど、書く気がしない。次の選挙では最低でも政権交代をして欲しいと思っているが、小沢さんを信用していたわけではないからねえ。おれの方に来なくて良かったなんて、自分の首をさすっている自民党員だって沢山いるんじゃないの

野球ではワールドベースボールがあるのかな。ずうっと昔、ごり押しばかりする巨人に嫌気がさして、巨人ファンをやめてから、野球自体に興味が無くなった。日本がどこの国に勝とうと負けようと、どうでもいいや。

ボクシングでは、亀田なんとか言うお騒がせボーイが勝ったらしいね。相手は外国人だったのか日本人だったのか、それも知らない。

そんなことより、生活苦から自殺が増えているというニュースがあった。そちらの方が気になる。それこそ政治がしっかりしなくてはいけないのに、俺たちほんとにどうすりゃいいの。

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2009年3月 4日 (水)

パーキンソン病患者の会

3月4日(水)

精障者作業所Mへ。

昨日、長く自治会の活動をされていたIさんに会う。パーキンソン病になられたとかで、患者の会を立ち上げ、この先少しでも、同病の方たちのお役に立てれば、と思っているとのこと。

知り合いのKさんの奥様が長くパーキンソン病で苦しんでいることを話すと、是非資料を差し上げたい、と言うので、夕方、Iさんのお宅に伺う。患者の会は立派な会報も発行していて、専門医に患者に悩みを聞いてもらう特集などもある。なかなか立派なものである。

3月11日午後1時30分から、旧狭山保健所(所沢保健所狭山分室)で、患者の会の会合があります。内容は、難病の情報交換、薬にかんする知識、リハビリの効果、行政相談など。

所沢保健所館内の方で悩みのある方、見学に行かれてはいかがでしょうか。

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2009年3月 3日 (火)

日本語と英語

3ァ月3日(火)

精障者授産施設Rへ。

今日の午後は雪になるような予報だったので、用事を済ませた後、裏の霞川の雪景色など写真に撮れるかと期待して、デジカメを持っていった。残念、雪は夜まで待たなければなりませんでした。現在は午後9時。外の芝生にはうっすらと雪が積もっています。

狭山台の交番脇に1本早咲きのさくらがあります。昨日すでにちらほらと咲き始めていました。今夜の雪で、どうなるんでしょうかね。

Rへ行くと、K福祉会で運営する、かすみがわ食堂で昼食を取る。たいしたものを出すわけではない。誰にもおなじみのありふれたメニューである。毎週月曜日に行っているMの隣にイタリアレストランが出来た。先日入って驚きました。メニューが全部カタカナで、私には何がなんだかさっぱり分からないのだ。店員に、

「これでは何も分からない。パスタみたいなものを食べたい」

と言ったら、なんとか言う、スパゲッティミートソースをすすめたので、それを食べた。もう、行きません。メニューを眺めていて気がついたのですが、イタリア語で、少ないとか言う意味を表すとき、ピッコロと言うんでしょうか。もしそうだとすれば、それだけが分かる言葉でした。

場末のレストランで、日本人相手に食べさせる店で、「訳の分からねえ、カタカナ言葉ばかり並べるこたーねえだろう」というのが私の正直な感想です。

日本語の中に自然に使われているような言葉ならともかく、日本語で書こうという努力をしないで、カタカナを使いたがるのはいやですね。こんなことを書くと国粋主義と思われるのだけれど、私はそれは違うと思っています。何でもカタカナを使いたがるのは、軽佻浮薄なんです。でも、国粋主義者に比べたら、軽佻浮薄の方がまだましだとは思います。

近ごろは、小学生のうちから英語を教えるようです。それも良いでしょう。だけど、日本語の方もしっかり教えてください。日本語で人生観や世界観を語ることの出来ない人が英語を覚えたところで、日常会話くらいしかできないわけです。

私は自分が英語を出来ないので、英語を目の敵にしているのではないのです。本当に知性のしっかりした人に、外国の指導者たちと対等に離せるように、英語を学んで欲しいと思っています。私程度の人間が英語を覚えたところで、外国旅行の時に便利という程度で終わってしまいます。

麻生総理は英語が得意なんですってね。でも、あの日本語ですからね。どうせ大した話は出来ないでしょう。どんなに英語がぺらぺらでも、日本語で深い話の出来ない人が、英語になったらとたんに出来た、等と言うことはないでしょう。英語だって日本語だって、人間が深くなければ、深い話なんて出来ないのです。

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営繕専門

3月2日(月)

酒を飲んだり、数独をしたりでぐずぐずしているうちに、今まさに夜の12時になってしまった。酒を飲むこと以外では、文部科学省推薦の生き方をしている私としては、12時以後にブログを書くことなんて、めったにない。

精障者作業所Mへ。

良くは分からないが、いろいろと法律が変わって、障害者の小規模作業所なども、名称も形態が変わる。そのために、リサイクルショップMも、4月1日からは通所する障害者の数を増す必要がある。人が増えれば、当然休憩する場所も広くしなければならない。その分を外に建て増すことなどできないから、店内の売り場を狭くすることになる。考えた末(本当はたいして考えていない)パネルで仕切ることにした。

その材料を買いに行く。パネルで仕切るとは言っても、店内が狭くなるのだから。パネルの壁も商品展示に利用できるようでなければならない。それをこれから作ることになる。

休憩所のテーブルも、今のままではいけない。しかし、これはまだ考えていない。安い材料を使って、それなりに見栄えが良く、快適に過ごせるように作る。ない知恵でも絞らなくてはならない。

私もなんだか、営繕専門みたいだね。

夜、山の会の班長会。3月19日に総会があり、その準備。私は2年間、齟齬ばかり多い会長を務めたが、今回で終わりになる。いろいろ批判もあったし、その批判が案外正しかったりするんだよなあ。まあ、完全には出来ないのだから、自分に甘い私としては、それで良いことにする。

先日の狭山市の豆腐屋さんの火事。第一発見者で、119番通報したのは、私たちの山の会の人だった。びっくり。生々しい話を聞く。

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2009年3月 1日 (日)

おれは大丈夫かな?

3月1日(日)

車椅子と仲間の会。

今年度の反省、来年度の予定などを話しあう。

両手両足を切断し、義手義足のKさんが、横浜で若い男に「障害者、障害者」とはやし立てられた話しをする。今でも居るんですね、そういうのが。そんな奴、どのみち脳と言うより、情に欠陥があるんです。情に欠陥のある人というのは、知的レベルが高い低いに係わらず、居るんだなあ。知的レベルが普通か普通以上なのに他人の痛みに鈍感な奴、1番嫌いだ。

反省。おれは大丈夫かなあ。自分で自分が1番嫌いだ、なんていう結論になったりして。

私のブログを読んでくれている人に、時々読めない字があると言われた。ウーンそうか。麻生総理が読めないのだったら気にもしないが、私などよりしっかりした知性を持っている人にそういわれると、考えてしまう。何も難しい字など使って、煙に巻きたいわけではない。パソコンで文を書いていれば、自分では辞書を見なければ書けもしない字を変換してくれる。新聞を読める人に分かる文を書きたい。分かる字を書きたい。パソコンで変換してくれた字を、そのまま使うことの無いように注意しなくちゃ。

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