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2009年2月 2日 (月)

分かると言うこと

2月2日(月)

精障者作業所Mへ。

Mはリサイクルショップ。去年の暮れからお客様が増えている。世の中の不景気は、リサイクルショップの客を増やす。

主として俳句の話です。

俳句には難解なものが多くて、私などには、「分からないなあ」という句が沢山あります。

俳句は、説明ではいけない、といわれます。理屈を述べてもいけないと言われます。「五月雨を集めて早し最上川」ならばよいけれど、「五月雨を集めて水が増えにけり」ではいけないと教えられます。

俳句はわずか17字。「初雪が降れば寒くてかなわない」は17字です。しかし、これでは俳句として落第です。全部説明ですからね。詩的感興は湧かない。でも、分かりやすいですね。

俳句に限らず、「分かる」とか「分からない」とか言うときに、2種類あるような気がします。「理屈として分かる」「理論として分かる」ということと、「実感で分かる」「感覚的に分かる」と言うことです。論理の世界と、感覚の世界ですかね。数学や科学は論理の世界、文学は感覚の世界と言うことになるのかな。文学だって、論理無用とは言えないけどね。

俳句で求められるのは、実感で分かる、感覚的に分かる、という世界なのでしょうか。でも、これが難しいんですよね。わずか17字で、作者と読者に共通の感覚が生まれなければ、分かったと言って貰えない。いや、ちょっと違うかな。読者が感覚的に分かると思ったことと、作者が思ったことが違っていても良いのですね。作者の意図とずれていようが何しようが、読者が感覚的に分かると思える俳句がよい俳句なのでしょう。

作者の意図を超えて受け取られる俳句というのは、沢山ありますよね。作者の意図を捉えきれない場合も多いけれど、作者以上に読者が深く読む場合だって多いわけです。作品を作るのは作者ですが、その作品の広さは、いかに読者の共感を得られるかにあります。たとえ作者の意図と違ったとしても・・・。

ある作品を、「アアそうですか。それでどうしたの?理屈では分かるけれど感覚的にはぴんと来ないねえ」と思う人もいれば「この感覚、分かるなあ」と思う人もいるわけです。

こういうのって、何も俳句に限らないんでしょうね。

なんか今日は、支離滅裂だなあ。やーめたっと。

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