« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »

2009年2月28日 (土)

何となく

2月28日(土)

もう2月も終わり。2月は逃げるとか言って、早いなあ。

ここのところ天気が悪くて、寒い日が続いている。それに何となく忙しかったものだから、洗濯をせずに過ごしてきた。そんなわけで、今日9日ぶりに洗濯。こんなに放って置くと、いくら一人者とはいえ、洗濯物は山のようだね。

下着が9枚、アンダーシャツが9枚、靴下に至っては18足36枚だ。シャツやらセーターやらパジャマやら、その他諸々を入れたら、たいへんな量だ。このうち、靴下の18足というのが不自然に思われそうだが、私は5本指の靴下をはいて、その上から普通の靴下をはいている。したがって、1日2足必要なのだ。

洗濯板でごしごしするわけではないから何とか出来るけれど、洗濯が終わったのは11時半。それから買い物で、帰ってきて昼食というわけだ。

今日は昨日までに比べればいくらか天気が良いとは言うものの、時々薄日が差す程度で、どんよりした曇り空である。洗濯以外にやることはなかったのだから、本来なら散歩でもするところだが、何となくその気も起きず、本を読んだり、テレビを見たりで過ごす。

私な場合、テレビを見ると言っても、真剣に見るわけではない。ただ、ボーっと眺めているだけだ。何となく、テレビの方を向いているだけなのだ。

いつもと違うことと言えば、普段より早めに風呂を沸かし、何とか温泉の入浴剤を入れて、のんびり風呂に浸かったことかな。風呂は良いですね。安くて、ゆっくり出来て、ビンボー人の贅沢だな。何となくのんびり出来る。

そう、私のやることは、大概「何となく」なのだ。今日のブログだって、ここまでに何回「何となく」という言葉を使っていることだろうか。

こうして今日も、何となくブログを書き、何となく終わるのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月27日 (金)

雪、雪の絵

2月27日(金)

朝からの雨が、10時頃か11時頃、雪に変わる。かなりの降りだが、水分の多い大きな雪である。こんな雪は積もらないと考えてよい。

久しぶりに水彩画の会に出席。雪が降ったからと言うのではないが、雪の絵を描く。

Imgp1012_2

イメージの絵です。

私の田舎は、雪国でした。私が子供のころは、雪が深くなると、玄関から雪の上に向かって、雪の階段を作って外に出ました。

今は車の時代なので、道路は除雪されますが、私の子供のころは、村中で車を持っている人なんて、1人もいませんでした。多分1000人以上の人口はあったと思いますが、役場も含めて、村中に車なんか1台もありませんでした。ですから荷物の運搬には、橇が活躍していました。それも人間が引く橇です。馬橇も、1台か2台はあったような気がしますが、一般的ではありません。

この絵では、子供がスキーを履いていますが、その頃は、本当のスキーを持っている子供など、村中でも、ほんの数えるほどでした。私の従兄はガキ大将でしたが、器用で、自分の子分たちには手製のスキーを作ってくれました。従兄の家(私もその家に世話になっていた)は製材所で、材木が手に入りやすかったのです。ただし材料は朴の木で、何となくスキーの形をしているという物を作ったのです。

それにしても、昔のガキ大将は、面倒見も良かったですなあ。

ストックなどはありませんでした。もちろんスキー靴もありません。みんな長靴でスキーに乗りました。それも、大人用の長靴で、ぶかぶかなのです。急斜面で転んだりすると、長靴が脱げてしまいます。長靴がスキーを履いて、斜面を滑り降りる、なんてことも起きるのだ。そうなったら、もう一方のスキーを担いで、ラッセルしながら逃げたスキーを追いかけるしかない。

ですからこの絵は、当時の事実とは違いますが、まあいいでしょう。外で遊んでいる子どもたちに、母親が「ご飯ですよ」などと呼びかけているイメージです。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年2月26日 (木)

ボラ定例会

2月26日(木)

ボランティアグループ定例会。

このごろ話題になるのは、我々のグループの活動力が落ちてきたこと。これは狭山市の社協の属する多くのグループの共通の問題でもある。我々のグループは、もっとも活動的なグループだったのだが、今はその力を維持できなくなっている。

原因はいろいろある。会員が高齢化していること。会員自身が親の介護をしなければならない人も増えた。孫が生まれてその世話をしなければならない人も何人かいる。両親が共に働き、手助けが必要なのである。そしてボランティアグループに新しい人が入ってこない。

この話が始まると、堂々めぐりになる。ボランティアも様々な形がある。我々のようなやり方とは違った方法が、これからの主流になるのだろう。我々と団塊世代以後とでは、生きてきた環境も意識も違う。我々はこれからも、自分たちのやり方で細々と、出来ることを続けて行くのみである。

我々のグループも、活動できるのは後5年かな? 5年もたてば、自分が介護される方になる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月25日 (水)

棚板作り・2 戦意高揚の歌訂正

2月25日(水)

のんびり起きて、コタツにうずくまりながら読書。すぐに昼。

午後、昨日の続きの棚板作り。棚板を受けるダボは、木で作る。木工道具はMの置いてあるので、必要な道具を取りに行く。書類入れのプラスチックケースを100円ショップに買いに行ったりしていたら、時間はすぐにたってしまった。それでも棚は完成。

プラスチックケースは同じ形、同じ色で揃えたかったのだが、100円ショップでは、売り場の棚に置いてある物しかないという。全部で16段。色違い、形違いのバラバラな物になりました。

大掃除の時もそのままにしていた、パソコンを置いている机の裏側など掃除をし、机の位置を少し変えたりして、棚の置き場所を作る。書類の分類整理も、何とか夕方までに終わりました。

次の課題は、パソコンの中の整理だなあ。起動が重くなっているし、USBに送れる物は送らなくては。それに、いらない物は捨てなくっちゃね。ただ、その判断が私などには難しいんだ。忘れちゃいけないと思われるファイルをまとめて備忘録というフォルダに入れておいたのだが、いつぞやは、その備忘録を消しちゃった。私はかなりおっちょこちょいですからね。困ったものです。

前に、戦意高揚の歌として、「どこまで続くぬかるみぞ」というのを紹介しました。その歌詞の一部が間違っていたので訂正します。

  どこまで続くぬかるみぞ

  三日二夜を食もなく

  雨降り続くぬかるみぞ

と書きましたが、正しくは、

  どこまで続くぬかるみぞ

  三日二夜を食もなく

  雨降りしぶく鉄かぶと

でした。私の書くものは、あまり信用なさらないのが良いようで・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月24日 (火)

棚板作り

2月24日(火)

このところなんやかやと用事が多くて、今日は久しぶりの1日中休み。午前中は手紙を書いたり、ちょっとした書類をつくたっり。

そのせいで思いついたのが書類の整理。

何でもおおざっぱな人間だから、当然書類の整理も悪い。わが家には幅が35センチ、高さが1メートル80センチくらいの棚がある。いわゆる隙間家具です。これを利用して書類整理棚にしようと思いました。

思ったのは良いのだが、それからが大変です。書類と言ってもさまざまなペーパーやスクラップ、イラスト、メモなどが含まれているので、立てて整理するよりは横に倒して整理したいのだ。100円ショップで売っているプラスチックの箱をひきだし代わりに置くつもりである。そのためには、棚板が沢山必要なのです。

現在は棚板が7枚ある。そこに厚さ5.5ミリのベニヤを買ってきて、9枚の棚板を加えた。計16段の棚になる。ただ困ったことに、適当なダボがない。ダボというのは棚板を受け止めるために、側板に開けられた穴に差し込む円筒形のもの。長さは1センチ前後。売ってはいるのだが、私から見るとばかばかしく高い。こんなもの、丸い棒があれば、ぶつぶつ切ったって出来る。丸い細い箸を切ったってかまわないし、どうしても見つからなければ自分で削ったって良い。

そんなわけで今日のところ、書類は未整理のまま。明日は山に行く予定だったが、雨の予報で中止になった。明日、ダボを何とかしましょう。今はパソコン近くの床に、書類が散乱しています。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年2月23日 (月)

なにを書こうか

2月23日(月)

精障者作業所Mへ。

えー毎度ばかばかしいお話で恐れ入ります。手前どものお話ときたら、何を書こうかなんてぇ楽屋落ちみたいな話しばかりでして、長屋の松っあん、熊さんでも居てくれると良いのですが、あいにく手前が松っあん、熊さんみたいな者でして・・・え? 何ですか? お前はくたばりぞこないの隠居だろうって? なるほどチゲエネエ、昔ならとっくに隠居の歳だぁな。

テナことを延々と書いても仕方がない。昨日お台場から乗船した水上バスからの景色を1枚。

Imgp0983

水上バスから陸地を見ると、どこもかしこも高層ビルが建ち並んでいます。まだビルが建っていないところには、ユンボが立ち並んでいます。何が出来るんでしょうね。キリンに似ていませんか?

 ユンボ立つキリンの首の伸びる春 

                  ぼんくらカエル

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月22日 (日)

レインボーブリッジを歩く

2月22日(日)

レインボーブリッジとその周辺を歩きました。同行12名。

始めは、旧汐留駅の見学。その前に、私はお上りさんよろしく高層ビルに驚きました。まずはそのイメージから、

Tati0009

おわかりでしょうが、一番下で馬鹿丸出しに口を開けて立っているのが私です。まずは、こんなスタートでした。

Imgp0930Imgp0933

復元した旧汐留駅です。昔はこの辺りでもっとも立派な建物だったのでしょうが、今では高層ビルの谷間なっています。

Imgp0973

Imgp0960 Imgp0953

歩いて渡ったレインボーブリッジとレインボーブリッジから見た東京タワー、そして消防船?

レインボーブリッジは30分ほどで渡れます。

レインボーブリッジの写真はお台場側からとったもの。

汐留やお台場では、こうずさくらが咲いていました。

Imgp0975 お台場散策。昼食。フジテレビなど見学して水上バスで浜離宮へ。浜離宮は良いのだが、まわりのビルがちぐはぐ。ビルの方が借景になっている。これも新しい美と思えばいいのかな。

浜離宮の写真を2枚。猫のいる風景、リュウゼツランと菜の花。

Imgp1005

Imgp1006

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月21日 (土)

俳句会

2月21日(土)

つばさ俳句会。

会計を引き受けて2年目、会計報告をするため監査を受ける。会計とか書記とかは、私の苦手とするところだ。もともと職人で、丼勘定で生活してきた。物事をきっちりするなんて出来やしない。が、無事通過。

今日の句会、私の出句は次の5句。

 独り寝に風の音聞く寒の入り

 漂泊をしたいと思う置き炬燵

 釣り人の池に猫来る冬の昼

 山あいの2時の夕日や枯れすすき

 靴下を毛糸に代える厨かな

自分の俳句を披露する気はなかったけれど、あまりの文が短いので、書いてみた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月20日 (金)

生活が便利になると・・・

2月20日(金)

午前10時、セキチュー前で精障者作業所KのAさんと待ち合わせ。雨樋の材料を買い揃え、Kへ。小1時間で作業を終え、Aさんに送ってもらって自宅に帰る。

狭山市はところによって雪が積もったが、わが家の辺りは、目覚めたときは雨だった。夜中に雪が降ったのだろうか。精障者作業所Kの辺りは、うっすらと雪が残っていた。

日本人の平均寿命は、世界で1,2を争うほど長いが、後20年もしたらどうなるでしょうかね。今の若い人の基礎体力の無さは、私のころには考えられないくらいだ。スポーツをやっている人はともかく、そうでない人の体力ときたら、本当にへなちょこだね。20代の若者が、70代の私より持久力がなかったりするのだ。

今の70代と昔の70代では違いがあるけれど、それにしても20代で4キロ歩くのにへばっている若者を見ると、一体どうなっているんだろうと思ってしまう。

今は生活が便利になったから、思いっきり体力を使うことなど必要が無くなったのだろう。それでも、基礎体力がなかったら、幾ら医学が進歩したって、長生きは出来ないと思う。

われわれは、暑さ寒さに耐える力も弱くなっていますね。いつもエアコンの効いている部屋で過ごすので、屋内にいる限り、いつも快適な温度の中にいられる。暑さ、寒さの間の適温が狭くなっているような気がする。昔の人なら、ほんの少し寒い、ほんの少し暑い、と言う程度でも、「ほんの少し」がとれてしまうのだ。快適と感じる温度幅が狭い。

生活が便利になる分だけ、人間は自然に対する適応力を失っていくんでしょうね。

それに抵抗するため、さしあたって出来ること。歩こう。エアコン付けるのをなるべく我慢しよう。私は自慢じゃないけれど、この冬エアコンを付けた時間は合計しても12時間はない。多分、6時間以内ではないか。朝、よほど寒いときに付けたくらいだ。なに、本当は古いエアコンで、効きが悪いから付ける気がしないだけなんだけどね。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2009年2月19日 (木)

いろいろ

2月19日(木)

スキルアップボランティアスクール。3回目。知的障害者についてにの学習。

精障者作業所K出入り口の屋根を作ったが、底に雨樋を着けて欲しいという電話。始めから気にはなったけれど、費用の関係で無理かと思っていた。

ボラスクールの帰り、セキチューで材料の値段調べ。

狭山市の豆腐屋に火事があり、テレビに映し出された映像を見てびっくり。なんと、槐(さいかち)さんの家だ。主人と娘が行方不明だという。槐さんは素人演芸団のスターで、施設などを慰問で訪問していた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月18日 (水)

玄関の屋根作り

2月18日(水)

午前中、精障者作業所Kの玄関の屋根作り。本当は金曜日にするつもりだったのだが、天気が悪いという予報なので、時間は半日しかないが、今日にする。屋根はプラスチックの波板にするので、簡便なものだ。それでも馴れない仕事なので大変。今日の午前中で終わらせるつもりが、作りきれなかった。半日と言っても、実際に働ける時間は1時間半くらいなのである。

精障者授産施設の経営するかすみがわ食堂で昼食。午後、こぶし福祉会本部のOさんに送ってもらって、老人介護施設Kへ。利用者さんの誕生会があって、その手伝い。

3時過ぎに終わって、こんどはボラ仲間のYさんに送ってもらって、精障者作業所Kにとんぼ返り。屋根の作業を完了させる。

屋根作りは、脚立の乗っの作業が多く、疲れますね。玄関にする屋根と軒下の幅が狭くて、電池ドリルや玄翁が満足に使えない。さらには脚立に乗って、首の入らない狭い空間に手だけ伸ばして、玄翁の腹を使って釘を打つなんてこともしなくてはならない。脚立の乗るばかりではなく、無理な体勢を取らなければならないので、それなりに大変なのです。指に小さな血豆を作りました。

作業を終わって、自転車で帰宅。帰宅途中、山仲間のHさんに会う。25日の山行について相談。Hさんの案の通りで行くことに。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月17日 (火)

私、肉体労働系です・掌

2月17日(火)

精障者作業所Mへ。事務机の面積を横に広げること、その上に棚を付けることを頼まれ、あり合わせの材料でそれを作る。

午後、精障者作業所Kへ。入り口の屋根を作るための材料を、スタッフのAさんと買いに行く。そして屋根の傾斜に合わせた木組みを作る。実際に屋根を付けるのはこの次。入り口の屋根なんて作ったことはないけれど、簡単なものなら出来るだろうと引き受けた。私に頼む以上は、実費だけで仕上げたいのだろう。安い材料でね。

体がなまってますね。こんな仕事をすると、何となく疲れるんだもの。近ごろ、山によく行くので、足の方は丈夫になったが、昔やっていた木工仕事などをすると、すぐに疲れを感じる。こんなはずではなかったのに。

そういえば、掌が柔らかくなったね。マメとかタコとか、みんな消えちゃった。私の掌は、今はすべすべである。

  職退きて掌の柔らかく春立ちぬ  ぼんくらカエル

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月16日 (月)

飲んべえの弁

2月16日(月)

私は飲んべえで、アルコール依存症だと思っています。ちなみに今日は、500ミリリットルの缶ビールと、日本酒2合(360㏄)を飲んでこのブログに向かっています。酒の上の失敗も、無いとは言いません。でも、人と会うまえに酩酊するほど飲んだりは致しません。会った後で、歓談しながら、酔うほど飲むと言うことはありますけれど。

酒の上の失敗は、本人の責任だと思っています。飲んでから現れる性格は、本人の隠れた本性が現れるのだと思います。それは違うのだと私の友人は言います。全く違う人格が現れるのだというのです。

そういわれても、私はなんだか釈然としません。酒を飲んで絡む人は、もともと絡みたい人ではないのか、威張る人は、威張りたい人ではないか、泣いて愚痴る人は同情を集めたい人ではないか、と考えてしまうのです。酒を飲んだ状態というのは、たががはずれた状態で、たががはずれれば、正体を現すというのが私の考えです。

ちなみに私は、喋りますね。自己顕示欲が強いのかな。しゃべり上戸と言うほどではありませんが・・・。ん?まわりの人は私をしゃべり上戸と思っているかな?ウーム、分かりません。

それはともかく、中川財務金融相の酔っぱらい会見はいけませんねえ。記者会見のまえに酔っぱらっちゃいけないよ。酒を飲むなら、公務を終わってから飲みなさいよ。自宅で飲んでいる分には、誰も文句を言わないんだからさ。記者会見は公務じゃないって言えばそうかも知れないけれど、緊張感が無さ過ぎるよね。

精障者作業所Mへ。午後、メンバーさん達と所沢西武百貨店へ。障害者たちの手づくり作品展示を見学。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2009年2月15日 (日)

資本主義はお金主義

2月15日(日)

資本主義の主人公はお金なんですね。人間じゃないんです。だから会社は、株主の配当を最優先して、働く人の幸せなんて2の次なんですね。働く人の生活を保障して、そのあまりで株主に配当するというのではないのです。株主に配当することが第1で、それが出来なそうなら、働く人の首を切るのです。人が資本を支配するのではなく、資本が人を支配するのです。

その資本だって、投資なら良いのですが、投機に走っていましたからね。ばくちですよ。ばくちに強い人が得をするシステムなのです。病後のリハビリに頑張る人を切り捨て、貧困者に回す金を減らし、弱者の生活苦は自己責任で、ばくち打ちの税金は安くする、そんな政策が破綻したのです。一度弱者になったら、再び這い上がることが出来ない社会、その子どもたちはスタートラインにさえ立てない社会、努力することさえ奪うような社会、そんな社会で良いはずはない。

今後は、それが改善されるのでしょうか。資本主義も行き着くところまで行ったような気がします。ここで改善できなかったら、世の中めちゃくちゃですね。

所沢の次女夫婦の家に行く。猫が3匹いて、そのうちの2匹は、私と目が合うと脱兎のごとく逃げる。

リストラの流行る世の中である。タイミングの悪いときに家を建てたと思うが、二人がリストラに遭わないことを祈るばかりだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月14日 (土)

智光山散歩

2月14日(土)

今日はバレンタインなんだそうですね。男性は今日幾つチョコレートを貰えるか、なんて気にするのかな?私には関係ないけどね。こんな場合、「トホホ」とでも書くんですかね。

今日のところはチョコレートが気になるでしょうが、普段はどんなことを気にするのでしょうか?

まあ、人それぞれでしょうけれど、最大公約数的には、お金のことが気になる人が多いのでは・・・? 私も気にしています。何しろ貧乏人ですから、もう少しあったらナアーというのが、偽らざる真実。でも、最低限で年収100万円あれば、食っていくことは出来ると思います。私の場合、もう少しあるので、不満を言っては罰が当たります。食って、着て、寝るところがあれば、最低の必要条件は満たしているわけで、大金持ちとどっちが幸せかは、本当のところ分かりません。

かって、私の知り合いの親が亡くなったとき、葬式の手伝いをして感じました。財産のある家だったんですが、骨肉の争いというのを目の当たりに見ました。たとえ私がその財産を譲り受ける立場だったとしても、骨肉の争いをする人の心も一緒に受け継ぐのだったら、それは嫌だなと思いました。金を持って疑心暗鬼でいるよりは、食う物が保証されている程度の貧乏人でいる方が、のんきで良いと思いました。

《悩む者は富貴にして悩み、愉しむ者は貧にして愉しむ》アラブの諺です。

今日は暖かくて、初夏といいたくなる陽気です。智光山公園まで散歩に出かけました。私の散歩コースは、智光山公園か、入間川河川敷と相場が決まっています。街中を歩くよりは、川岸、池のまわり、林の中の散歩の方が楽しいので、同じようなところに行くことになります。

Tati0010

Tati0011

例によって、下手なスケッチです。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

ふるさとをください 昨日の日記

2月13日(金)

私は毎日ブログを書いている。ほとんどその日のうちに、その日の日記を書いている。しかし今日は違う。すでに日付は2月14日だ。ただいま0時35分。

所沢ミューズでこぶし福祉会主催の映画会をやった。「ふるさとをください」という映画である。文部科学省選定で日本精神保健福祉連盟推薦と言うことになれば、内容は想像できるだろう。ジエームス三木脚本、富永賢治監督。

和歌山県にある精神障害者の施設に実際にあった話をもとに、フィクションも交えてドラマに仕立てたもの。施設の所長やメンバーも、端役で出ている。地元の人の偏見と融和をドラマにしたのだが、わざとらしいハッピーエンドがかえって気になる。

映画会は昼の部と夜の部があり、その両方でボランティア。スタッフとメンバーの一部が残っていたが、ボランティアは大抵途中で帰る。私は、最後の片づけが大変なことが分かっていたので、残る。私の取り柄は肉体労働しかありませんからね。

私はそんなところで、ボーとしているのが嫌いで、人の仕事を取り上げても自分でやりたい方だ。幸いにして、まだその体力がある。

映画が終わって片づけをしているとき、メンバーの1人が階段で軽く足をくじいた。同情もするが、私の中には、ドジだな、という気持ちがないわけではない。つまりは、善意と意地悪な気持ちと半々なのである。人間、善人になりきることなど、なかなか出来はしない。Oさんの車で家まで送り、私もその車に同乗する。彼女を送り届け、ついでに私も家まで送ってもらう。

帰宅して風呂を沸かし、食事を作り、アルコールなどを飲んでいたら、12時は過ぎていたというわけだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月12日 (木)

普通救命講習会

2月12日(木)

ボラグループ定例会。

ボランティアのスキルアップ講習会というのの第2回目。スキルアップの次に括弧があって、(上級)としているところが泣かせるねえ。この前も書いたが、こんな言葉は好きではない。

今日は狭山署某所で「普通救命講習会」というのを受講する。主として、事故その他で呼吸や心臓が停った人の、救急車が来るまでの手当を学ぶ。心肺蘇生法~要するに人工呼吸と心臓マッサージ、と、AED(自動体外式除細動器)の扱いかたを習ったと言うことです。AEDは心臓に刺激を与える器具です。

およそ3時間の講習。終わって、簡単な実技試験。試験と言ったって、全員合格するのです。「普通救命講習修了証」なんてのを貰って帰る。「救命技能を有することを証明します」なんて書いてある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月11日 (水)

あいまいなのが良い

2月11日(水)

今日は建国記念日、昔の紀元節ですね。この日は紀元節の式典のために学校に行って、《雲に聳ゆる高千穂の、高嶺おろしに草も木も、靡き伏しけん大御代を、仰ぐ今日こそ楽しけれ》なんていう歌をうたいました。その後で校長先生が、恭しく、教育勅語というものを読むのです。生徒は神妙に頭をたれて、しんとした中で、鼻をすする音が聞こえたものです。

バレンタインデーが近いらしいですね。ひょっとしたらもう過ぎたのかと思ったのですが、いつもチェックしている「あしながおばさん通信」というブログを見て、まだだと言うことが分かりました。

まあ、私には無縁ですから、日にちも知りません。だいたい私の若い頃は、バレンタインデーなんてものはありませんでした。初めて義理チョコをもらったのは、少なくとも結婚以後のことです。子供のころには、クリスマスだってありませんでしたからね。近ごろはカボチャのお祭りみたいなのがあるようです。あれは復活祭なのかサンクスギビングなのか。どっちでも良いけどね。

2,3日前にテレビで、「日本では女性から男性にチョコレートを送る習慣があるけれどヨーロッパにはない」といっていました。おやおや。この習慣は「ヨーロッパではバレンタインの日には女性から好きな男性にチョコレ-トを贈ります」なんてことを、製菓会社がマスコミで宣伝したために始まったんですよ。製菓会社にのせられたわけです。

それにしても日本人は、何でもかんでも真似をしますね。クリスマス、バレンタイン、カボチャの祭り?はてはパリ祭まで。西欧諸国がお盆やお彼岸、甘茶祭を祝うなんてことはありそうもないけれどねえ。

仏教徒なのに、外国の神様も祝ってしまう、このあいまいのところが、実は日本人の良さだと思っている。矛盾しているといえば矛盾しているのだけれど、何しろ八百万の神々が棲む国である。外国の神様がいたってかまわないのだ。

一神教と多神教で、国柄が違う。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は親戚関係にある。互いに憎みあっているけれど、一つの神しか信じないのだから、他の神は憎まなくてはならないわけだ。その点、我々はおおらかだ。

自分の神しか信じないものは、正義は一つなんですね。だから、ブッシュ前大統領のような人が出てくる。スーパーマン的な単純な正義感で、テロとの戦争などと言って他国に攻め入り、大勢の人を殺した。テロリストがいなくなったかと言えば、アメリカへの反発のため、むしろ増えたのではありませんか。それでも彼は善意だったんですよね。単純な正義感による善意の押しつけ。やりきれないね。

一つの神を信じるなではなく、あいまいなのがよろしいようで・・・。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2009年2月10日 (火)

乾いた雑巾

2月10日(火)

午前。精障者作業所Kへ。玄関に雨除けの庇を作りたいというので、寸法を採って材料の計算をしたのだが、役所の図面を届けるので、それも描けという。前もって採った寸法は、図面を描けるほど正確なものではなかった。で、もう一度寸法を採って、その場で描いてしまえと思って出かけた。

図面なんて描いたことはないが、単純なものなので、小1時間で終わる。隣の、こぶし福祉会の授産施設が経営している、かすみがわ食堂で昼食。

帰り、ヤマダ電機によって、プリンターのインクを買う。

午後、社協で「認知症」の講演会。講師は、いつも行く特養老人ホームSの施設長Tさん。みんなの関心が高いのか、予想以上に人が集まり、机が置ききれず、通路や後ろにイスを並べる状態。私はそのイス席に座りました。

私も認知症の入り口に来ています。脳みそは干からびているのです。乾いた雑巾を絞るようにして、毎日ブログを書いています。

干からびた脳みそに潤いを与えるために、もう少しお酒を飲んで眠りましょう。「眠りま~しょ、眠りま~しょ、今夜も1人・・・」なんてね。あ~ァ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 9日 (月)

胡桃と椎茸

2月9日(月)

今日は特に書きたいこともありません。

精障者作業所Mへ。

昨日の山行の帰り、胡桃を買ったので護摩味噌を作るときの要領で、胡桃味噌を作ってみた。特に美味いとも思わないが、食べられます。胡桃を煎ってからすり鉢でする方が良かったのかなあ。明日は煎ってみよう。

椎茸も売っていたので、買おうかどうしようか迷いました。生ものだから、一人者の私では、食べないうちに痛んでしまうのではないか、などと考えたわけです。結局買わなかったのですが、そんな話しをしていたら、同行のTさんから、一人者にちょうど良いくらいの量を戴きました。その椎茸を2本、網焼きにして、塩をふって食べました。もちろんお酒を飲みながら。椎茸には、日本酒がよく似合う、なんてね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 8日 (日)

丸山

2月8日(日)

山歩き

山の会の定例会。

コース

  西武線芦ヶ久保~県民の森~金昌寺分岐~木の子茶屋~八坂神社~農林公園~芦ヶ久保駅

Tati0011

天気晴朗なれども風強し、といいたくなる天気。好天なのに寒い。

Imgp0907_2 一行17人の大部隊。芦ヶ久保駅着、9時。丸山山頂で風を避けながら昼食。

山行中に見る武甲山と、丸山頂上

Imgp0912

落ち葉をラッセルするような道も多い。そんなところでは、風で舞い上がった落ち葉が横に飛んでいく。

金昌寺(札所4番)へ行く道の唐松林。この辺りで、これだけの唐松林があるのは珍しい。

Imgp0916

八坂神社の社殿は祭りの屋台を利用している。

Imgp0920

帰りの電車で、向かい側の人をスケッチ。

Tati0010 新所沢で反省会?

今日は、写真と画像のブログです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 7日 (土)

政府紙幣の発行?

2月7日(土)

電子マネーだとかで「円天」などという物を作り、使っても減らないお金だと人を騙した詐欺師が、逮捕された。

あきらかにマルチ商法だと思うけれども、いつの世もこんな話に騙される人って、いるんですねえ。

自民党の議員の中にも、変な人はいますねえ。何人か集まって会議をし、日本銀行の紙幣とは別に「政府紙幣」を作るなんて考えた先生方がいるんです。なんですか、それ。今の政府が紙幣を作ったって、誰がそれを信用するんですかねえ。政府が代わったら、どうするんですか? 唯の紙切れになるしかないでしょう。国の借金はふくれあがっているから、日銀の紙幣だってこのままで良いとは思えないのに、政府紙幣だなんて、何を言い出すんでしょうね。

昔、軍票というものがありましたね。軍隊が資金調達のために発行したものです。誰もそんなもの欲しくはなかったのに、占領地などで無理の買わせたりして、後に紙くずになりました。政府紙幣なんて、その軍票みたいなものでしょう。さすがに与謝野大臣は「検討するに価しない」と答えたようです。あたりまえでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2009年2月 6日 (金)

釘の話・戦争中の荷札

2月6日8(金)

特養老人ホームSへ。

今は、荷物を宅急便などで送るとき、届け先と送り主の住所氏名、電話番号などを所定の用紙に書いて、荷物を包んだ紙に貼り付ける。少し前は、名刺より大きくハガキより小さいくらいの丈夫な紙に、届け先と送り主の住所や名前を書いた。これを荷札といった。まだ覚えている人は多いだろう。

Tati0009 荷札は左のイラストのようなものだ。荷札の上の方についている細い針金を、梱包した荷物の縄や紐などにからみつかせたものだ。今はダンボールにガムテープの梱包が普通だから、こんなに札より、貼り付ける紙の方が便利ですね。

話しは急にさかのぼる。戦争中の話だ。日本は敗色濃厚になってきて、都会の人間は疎開などをしなければならなかくなった。その頃の日本人、本当に貧しくて、家具や荷物は多くなかったけれど、それでも生活に欠かすことの出来ない荷物は、疎開先に送らなければならなかった。それには荷札が必要だった。

何しろ一般人は、トラックなどめったにことでは使えなかった時代である。みんな鉄道で運ぶのだ。荷物の取り扱いも乱暴だった。今のようにダンボールがふんだんにあるわけでもない。あり合わせの布や毛布などで荷物を包み、それを板で囲んだ。板と言っても、まともな板ではない。リンゴ箱を剥がしたような板である。当時のリンゴ箱は、もっとも安い、屑みたいな板で作られていた。

粗末な板で囲まれた荷物に、ベニヤ板の荷札を、釘で打ち付けた。そうなんです、その頃の荷札は、ベニヤ板で出来ていました。普通の荷札では、乱暴な取り扱いに耐えられなかったのです。そしてそのベニヤの荷札の四隅を、釘で打ち付ける必要があったのです。

リンゴ箱などを毀すとき、そこに使われていた釘などは、釘抜きで丁寧に抜いて、曲がったところは金槌で叩いてのばし、箱などに入れて取っておきました。一般家庭では、大抵の家に、そのようにして得た錆びた釘があったものです。一本の釘だって、使い捨てにはしませんでした。

実は、その頃、私の父は荷札を売っていました。荷札とメガフォンを自転車の荷台に積んで、都内を売り歩いていたのです。そんなものが、当時の生活必需品だったのです。昭和20年頃は、疎開している私たちのもとに、父はその売り上げを送っていました。その金額があまりに多くて、伯母は、何か悪事でも働いているのではないかと心配したほどです。

メガフォン、書く機会もあるでしょう。今日は荷札です。その荷札を売るさいに、釘も一緒に売ってくれと言う要望が出されるようになりました。今はたとえば蝶番を売るときに、取り付けに必要なネジも付けて売るというのが普通ですが、当時はそんな習慣はありませんでした。曲がった釘でもなんでも使えるからです。しかし、その釘さえ手に入らない時代になっていたのです。

そこで父は、どこで手に入れたのか、細い、よれよれの釘を4本付けて売ることにしました。大工や家具屋のように常日頃釘を打ち付けている人でも、油断して打つと曲がってしまうような釘です。そんな釘しか手に入らなかったのです。素人が、リンゴ箱を剥がしたような癖のある木に打ち付けるのですから、曲がらないはずがありません。父は、錐で穴を開けてから打つように指導していたようです。

戦後も、私たちは、古い曲がった釘を使っていました。新しい釘なんて、むやみに買ったりはしませんでした。戦後7-8年たってから、従業員を2-30人使っている会社の社長が、道路に落ちていた曲がった古釘を5-6本拾ってきたのを見たことがあります。それをケチとも思いませんでした。ごく当たり前のことだったのです。

それにしたも、なんででしょうかね。あのころは良く道路に釘が落ちていました。その釘で自転車がパンクしたり、ときには自動車がパンクしたりしました。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2009年2月 5日 (木)

ボラスクール その他

2月5日(木)

社協で、スキルアップ、ボランティアスクールなどというのがあって、たまには良いかなと思って参加。しかし、スキルアップなんてカタカナ語は嫌いですね。といって、私は国粋主義者じゃないよ。国粋主義は、カタカナ語よりもっと嫌い。

第1回目の今日は、「精神障害について学ぼう」というもの。講師は2人で、2人ともいつも会っているこぶし福祉会の人。お互いに、ナーンダ、という感じ。車椅子の会のKさんが参加していた。その他、知っている人が数人。

中央公民館で山の会の総会をやる予定。抽選の結果、第2会議室を使えることになったので、その利用料を払いに行く。

精障者作業所Kの出入り口に、雨除けの屋根を作りたいと言うことだった。その材料費がどれくらいかかるか、セキチューに調べに行く。私に作らせたいと言うことは、安く上げたいと言うことなのだけれど、こわれるようでもいけないし・・・。屋根なんて、作ったことはないけれど、まあ、出来るでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年2月 4日 (水)

誕生日

2月4日(水)

毎日飽きもせずブログを書いているけれど、今日などは、パソコンの前に座って、ブログを書き始めても、なにを書くかまだ決まらない。だからタイトルもまだ書いていない。取りあえずキーを打っていると言うところです。

えー、なにを書きましょうかねえ。私の生い立ちでも書きますか。そんなもの読む人には興味がないでしょうけれどもね。

うーん、誕生日の話はどうかな。今日は長女の誕生日でもあることだし・・・。

私の戸籍上の誕生日は1月1日なんですよね。なんか嘘くさい誕生日ですよね。そうなんです。嘘です。でも私は自分の誕生日を、40歳くらいになるまで知りませんでした。

母は、私が誕生日に疑問を感ずる年齢に達するよりも先に、死んでしまいました。父はのんきな人で、私の誕生日を覚えていませんでした。私が自分で覚えていればよかったんですけどね。お釈迦様は生まれてすぐ7歩あるいて「天上天下唯我独尊」などと言ったんですってね。私にはそんな能力もなかったから、とても覚えていられませんでした。あなたは生まれた日のことを覚えていますか?・・・なるほど、あなたにもお釈迦様ほどの才能はありませんね。お気の毒に。

私の本当の誕生日は、12月の21日です。田舎の伯母が覚えていてくれました。私には同じ年の従姉がいるのですが、その従姉の誕生日が12月28日で、私はその1週間前に生まれたのだそうです。ですから、いとこは戸籍上は従姉で、実際には従妹です。ややっこしいね。

たまたま伯母からその話を聞いたときに、40くらいにもなって自分の誕生日を知るなんて珍しいから、こんな時に宝くじを買ったら当たりそうだと思いました。で、買ったんですけど、このブログを読んでくださる方のご期待通り、見事に他人が当たりました。

今は年齢を満で数えますが、昔は数えでした。若い人には説明しないと分からないかも知れません。「数え」というのは、生まれたときを1歳とします。そして正月がくると、一つ歳をとります。ですから極端な例では、大晦日に生まれた人は、その日1歳で、次の日は2歳になります。生まれて2日で2歳です。

私の場合、父は、生まれて10日で2歳というのは変だと思って、役所には、誕生日を1月1日と届けたようです。昔はそんな人が多かったようです。

さて、これで、タイトルを「誕生日」として、今日のブログの終わりです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 3日 (火)

霞川、入間川散歩

2月3日(火)

私が多少のお手伝いをしているこぶし福祉会の授産施設が、かすみ川食堂というのを経営している。今日はそこの包丁研ぎをする。近くの小規模作業所Kの営繕の仕事を頼まれているので、ついでに、そのうちあわせをする。

終わって、まだ時間は早いし天気も良いので、霞川と入間川の岸を散歩。

Tati0011 かすみ川食堂のすぐ裏が加治丘陵に源を発する霞川で、ここから散歩するときは、いつも食堂側の岸を歩く。今日は気まぐれをおこして、川上の小さな橋を渡り、対岸を歩いてみた。

  • Tati0009

霞川と入間川の合流地点でのスケッチです。霞川の方ですね。上のイメージ図のA地点で描きました。

そこから入間川を上流に向かって歩く。

Tati0010

豊水橋の傍でスケッチ。イメージ図のB地点です。こんなスケッチなど、どこで描いたって良いのだけれど、これまた気まぐれで、描いた場所を示してみました。

ここから自転車道を通って帰りました。豊水橋のところが、川越狭山自転車道の起点になっています。ついでに、この起点の脇に「髪ふうせん」という理容室があることを紹介します。これもまた気まぐれです。「髪ふうせん」というネーミングがおもしろいと思ったものですから・・・。しかし、このブログで紹介したところで、宣伝効果は零に近いね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 2日 (月)

分かると言うこと

2月2日(月)

精障者作業所Mへ。

Mはリサイクルショップ。去年の暮れからお客様が増えている。世の中の不景気は、リサイクルショップの客を増やす。

主として俳句の話です。

俳句には難解なものが多くて、私などには、「分からないなあ」という句が沢山あります。

俳句は、説明ではいけない、といわれます。理屈を述べてもいけないと言われます。「五月雨を集めて早し最上川」ならばよいけれど、「五月雨を集めて水が増えにけり」ではいけないと教えられます。

俳句はわずか17字。「初雪が降れば寒くてかなわない」は17字です。しかし、これでは俳句として落第です。全部説明ですからね。詩的感興は湧かない。でも、分かりやすいですね。

俳句に限らず、「分かる」とか「分からない」とか言うときに、2種類あるような気がします。「理屈として分かる」「理論として分かる」ということと、「実感で分かる」「感覚的に分かる」と言うことです。論理の世界と、感覚の世界ですかね。数学や科学は論理の世界、文学は感覚の世界と言うことになるのかな。文学だって、論理無用とは言えないけどね。

俳句で求められるのは、実感で分かる、感覚的に分かる、という世界なのでしょうか。でも、これが難しいんですよね。わずか17字で、作者と読者に共通の感覚が生まれなければ、分かったと言って貰えない。いや、ちょっと違うかな。読者が感覚的に分かると思ったことと、作者が思ったことが違っていても良いのですね。作者の意図とずれていようが何しようが、読者が感覚的に分かると思える俳句がよい俳句なのでしょう。

作者の意図を超えて受け取られる俳句というのは、沢山ありますよね。作者の意図を捉えきれない場合も多いけれど、作者以上に読者が深く読む場合だって多いわけです。作品を作るのは作者ですが、その作品の広さは、いかに読者の共感を得られるかにあります。たとえ作者の意図と違ったとしても・・・。

ある作品を、「アアそうですか。それでどうしたの?理屈では分かるけれど感覚的にはぴんと来ないねえ」と思う人もいれば「この感覚、分かるなあ」と思う人もいるわけです。

こういうのって、何も俳句に限らないんでしょうね。

なんか今日は、支離滅裂だなあ。やーめたっと。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 1日 (日)

2月の新年会

2月1日(日)

車椅子と仲間の会「新年会」

新年会は、大抵1月にやりますが、2月にやったからといって、お巡りさんに叱られたりはしないでしょう。埼玉県の狭山市では、今日から2月になりました。あなたの近くではどうですか? ひょっとして、まだ1月だったりして・・・。

とまあ、さえない冗談ではじめましたが、なかなか楽しい新年会でした。新狭山駅近くの会場で、昼食を取りながら、飲む人は飲み、しゃべり、カラオケをする。私は普段、満足な昼食を取っていませんから、出された料理を全部食べるのは、大変でした。でも、アルコールの方は十分に入りました。「酒に別腸あり」ですからね。

それにしてもこの会の人、歌の上手な人が多いですね。私なんかぬかみそが腐るような歌しか歌えません。ぬかみそなんてめったにお目にかからないから、今なら、サラダが腐るとでも言うのかな。

T、K、I、H、N、ぼんくらカエルが会場下の喫茶店で2次会。ここでもよく喋りました。議論もしました。

そういえば、去年の新年会は雪で中止になったっけ。今日は天気で良かった。

会が早く終わったら、次女の新居をのぞきに行こうと思っていたけれど、それはまたの機会にした。近ごろは、帰りが夜になるような時間に出かけるのは、億劫なんです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »