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2009年1月 4日 (日)

人道主義が行方不明です

1月4日(日)

サラリーマンのように、私も今日で正月休みが終わります。といって仕事にでるわけではなく、ボランティアなどが明日から始まると言うことです。

なんと言うこともない平凡な正月でした。しかし今の世の中、平凡な正月を送れたことを、感謝しなければならないでしょう。豊かだと言われる日本にあって、ホームレスや企業に首を宣告された派遣労働者など、なんともやりきれない正月だったでしょう。飢えや寒さと戦い、悲しみや怒りをぶつける相手もないのですから・・・。

去年、役人の天下りは、前年より増えているんですってね。あれだけ世間で問題視しても、特殊法人はなくならないし、天下りは増えるし、国民をなんと思っているのだろうか。

国家100年の計がないのが日本の政治家だと諦めています。だからせめて、今困っている人を救う手だてを考えてください。せっぱ詰まっている人のために、小指の先でも動かしてください。それが政治家の仕事でしょう。今すぐ行動して下さい。

去年の暮れ、私が購読している新聞の片隅に、韓国の盲人が日本に来て、鍼灸師の免許を取り、自活していること。アジアでは日本が、盲人の自立しやすいことを書いていました。

いかにも日本が進んでいるみたいですが、これ、日本の政治が良かったからではありません。盲人が針灸の道に進みやすいというのは、江戸時代の遺産です。

江戸時代はひどい階級社会で、人権も何もなかったように思われますが、そうとばかりは言えません。どんな人でも、生きていける社会だったと思います。隣の人が飢えて死んでも、何日も気がつかない、などと言うことはなかったようです。飢饉などで多くの人が亡くなるようなことはありましたが、自分たちはたらふく食って、隣の人を飢えさせるようなことはなかったと思います。

罪を犯したものを釈放するとき、非人などという身分に落とすことはあったようですが、非人は非人として、生きていける仕組みになっていました。盲人には、音曲の師匠、あるいは按摩になるという仕事がありました。琴の検校、按摩の検校は大変権威のあるものでしたが、盲人しかつけなかったはずです。盲人は盲人で、保護されていたのです。

昭和30年代くらいまでは、按摩は盲人専門の仕事だと、私などは思っていました。何時の頃からか、目明きの按摩が出てきたときには、私は少し驚きました。目くらとか目明きとかいう言葉を使ったり、「駄目は按摩の目」などと囃すことは、批判されます。しかしそんな言葉狩りがなかった時代、盲人の専門職はあったのです。

まだ江戸時代の名残が多く残っていた明治10年、イザベラ・バードというイギリス人が日本に来ました。東北から北海道まで旅をし、その紀行文を残しています。彼女の目には、日本ではどんな人でも自分の仕事を持っていると見えたようです。

人道主義などという言葉も知らなかった江戸時代の方が、誰にでも仕事を与えていたのです。今は、弱い者から切り捨てます。そのせいですかね、最近は人道主義なんて言う言葉を聞くこともなくなりました。強い者だけ勝てば良いんでしょうか?

そう言えばイザベラ・バードは、日本の役人は一人で出来ることを何人もでやる、という意味のことも書いています。天下りの役人は、本当に必要なことをやっているんでしょうかね。仕事はほとんどしないとか、必要もない仕事を見つけたり作ったりしながら、適当にやっているなんていうのも多いんじゃないですか?

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