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2009年1月19日 (月)

英草紙から その7

1月19日(月)

精障者作業所Mへ。

英草紙から

豊原兼秋音を聴きて国の盛衰を知る話 その7

樵の話が続く。

「箏のことは秦の蒙恬(モウテン・始皇帝の部下の将軍)が作った(箏は、現在普通に、琴と言われている楽器。蒙恬が西域から伝えたという伝説もある)。箏は13弦の楽器である。甲が丸みを帯びているのは天の象(カタチ)、下が四角いのは地の象、中が空洞なのは天地と四方、つまり宇宙の象である。

13の琴柱は12月に閏月を加えたもの。柱の高さは昔は3寸だった。これは天地人をあらわす。長さが6尺なのは6つの音階をあらわしている。

雄略天皇の頃は秦の酒公(サケノキミ)これを弾いた。その頃は雅楽の調子を持っていた。欽明天皇のころ舞楽が伝わり、推古天皇のころ、俗曲などもすべて伝わった。隋や唐の音楽に合わせたので、雅趣を離れ俗曲の楽器になった。

近ごろ九州の大内家で雅楽の曲をまねて、日本語の詩を添えたものを作り、演奏している。雅楽の音は伝わるけれども言葉が絶えたので、このようなことが起きるのだろう」

「琵琶は唐土の始まるころ西域から伝わったもの。その形は満月をあらわす。長さは1尺5寸。四弦は四時である。日本では古代から弾かれていたことが、物語などにより明らかである。これも平家物語を弾くようになって、昔の曲は廃れた。

琵琶は演奏が難しかったために、魏、晋のころ竹林の7賢人のうち、阮咸(ゲンカン・竹林の7賢人の一人)という者が4弦にした。

その後どんどん形が変わって、近ごろ沖縄から伝わった3弦の提琴(三味線)というものも、琵琶の変形である。まだ日本では演奏の仕方が分からないが、清涼な音がする。しかし、弾き方によってはみだらな曲にもなる。

現在雅楽といっているものも、隋・唐の時代には俗な曲だった。酒宴の席や、閨で弾いたものだ。だから提琴も後世日本に広まるならば、優れた楽器になるだろう。」

「その他、新羅琴、百済琴などもあるが、語る必要もないだろう」

と話して、樵は口を閉じた。

                        続く

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