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2009年1月12日 (月)

英草紙現代語訳の予告

1月12日(月)

江戸時代の中期(18世紀)に、都賀庭鐘(ツガテイショウ)という読本作者がいました。近路行者(キンロギョウジャ)というペンネームで「英草紙(ハナブサソウシ)」、「繁野話(シゲシゲヤワ)」、「莠句冊(ヒツジグサ)」という3部作を書いています。上田秋成、山東京伝、曲亭馬琴などに多大な影響を与えたといわれています。

上田秋成は文筆の傍ら、医師を生業としていました。その上田秋成に医術を教えたのは、他ならぬ都賀庭鐘だそうです。

都賀庭鐘の読本のうち「英草紙」は5巻、9話から成っています。その中の第3話目「豊原兼秋音を聴きて国の盛衰を知る話」というのを、現代語訳にして、明日からこのブログに載せようと思います。

この作品は、和楽器の由来についていろいろと書かれています。私は和楽器、箏を作って生計を立ててきました。そのため、この作品に興味を持っていたからです。

私は通常、13弦の「こと」を「琴」とかきます。本当は「箏」と書くのが正しいのです。歴史的な意味あいでいうならば、「琴」とは弦楽器の総称でした。単に「13弦のこと」を指すものではなかったのです。知識としてそのようなことは知っているのですが、「13弦のこと」を「琴」と書くのが今では普通です。ですから通常は「琴」と書くことにしていました。「一生懸命」というのは、歴史的には「一所懸命」というのが正しい。だからといって、知ったかぶりをして「一所懸命」と書くのは嫌みです。同じ理由で「箏」を「琴」と書いています。

しかし今回の現代語訳では「箏」と「琴」を使い分けています。また、単に「琴」と書いてある場合は「7弦の琴」を指します。孔子様の使った「琴(キン)」です。

上に書いたように、「こと」とは弦楽器の総称でしたが、たとえばバイオリンが初めて日本に入ってきたとき、人々はそれを「提琴」といいました。実はこんど訳す「英草紙」の中では、近ごろ渡来した楽器として、三味線のことを「提琴」と書いてあります。取りあえず、弦楽器なので「琴」の字を当てたということですね。

こんど取り上げる物語は、元弘の乱前後の話になっています。鎌倉幕府が滅び、室町幕府が出来るのですが、その間に後醍醐天皇が権力を握るごく短い時期があります。その頃の話しです。

三味線が日本に渡来したのは織田信長の頃といわれていますから、後醍醐天皇の頃に「三味線」が出てくるのは、幾ら「提琴」と書いたからといって、話としてはつじつまが合いません。都賀庭鐘が「英草紙」を書いた江戸中期には、三味線はかなり広まっていたのではないかと思います。もう「三味線」という言葉もあったかと思います。それを「提琴」と書いているのは、昔の話しとして書いているからでしょう。

前書きばかり長くなりました。何はともあれ明日からはじめます。誰も期待はしていないでしょうけれど・・・。例によって、誤訳珍訳、なんでもありです。

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コメント

どんな話かな?
私が、全く知りえない物を訳で読めるなんて
理解できるかな?

投稿: 五十路 | 2009年1月13日 (火) 19時51分

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