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2009年1月21日 (水)

いろいろ 英草紙から・その9

1月21日(水)

オバマさん

オバマさんがアメリカ大統領に就任。アメリカは大変な熱気のようだ。人柄はかなり良いような気がします。実行力もあるから大統領になれたのでしょう。しかし、経済も、イラクも、アフガンも、ガザ地区も、何もかもオバマさんで解決できるなどとは考えられません。でも、静かにある程度は期待します。幾ら何でも、ブッシュさんよりはまともでしょうから。

朝食

Imgp0840 少し前に、朝食の写真を載せました。もう1度公開します。今日の朝食です。右側はうどんで、納豆、わかめ、もやし、レタス、みかんの皮が入っています。左はサラダで、うどんの具とダブりますがレタス、きゅうり、蕪です。デザートは甘夏。

実は私、麺類を摂るのは珍しい。その意味で、今日の朝食は例外的なもの。ご飯を炊くのを忘れていたのです。いざ食べようと思っても、炊き忘れていることがたびたびあるのです。そんなとき、大抵は我がマンションから走らなくても2分でいける99円ショップの行きます。白飯が99円で売っているからです。

今朝は寒いので、買いに行きませんでした。あり合わせのうどんを使ったというわけです。うどんやそばは、わが家で取っている酒屋から、時々サービスでもらいます。

英草紙から

豊原兼秋音を聴きて国の盛衰を知る話 その9

時陰の話に兼秋は感心して言った。

「なるほどそのような家で育ったのですか。しかしながら、楽器を演奏するだけならば、教えられれば覚えます。あなたのように演奏する者の心まで読む人を、私は知りません。これは天性のもので、教えられて覚えるようなものではありません」

時陰は言う。

「琴は古代の音楽なので、聖人君子を褒め称えるものとして聴くのが良いでしょう。今の音楽は、ただおもしろおかしく演奏しているので、国の存亡吉凶など聴き取ることは出来ません」

兼秋はますます感心した。

「あなたのように音楽の底の心を知る人がいてこそ、私が琴を演奏する甲斐もある。これ以後は義兄弟の契りを結ぼう。私はあなたに伝えられたことを学び、あなたには私が知ることを教えよう。そしてあなたの家をふたたび興そうではありませんか」

時陰は兼秋の申し出を受け、二人は義兄弟となった。兼秋は27歳、時陰は26歳だったので、兼秋を兄、時陰を弟とした。

時陰は言う。

「私の家はここから1里ばかりのところの山中村にある。兄上が公の使いでなかったならば、わが家に案内し、両親に紹介するのですが・・・。」

そうも行かないので、兼秋は酒を振る舞って、歓待した。やがて東の空が白みかけてきた。船頭が出発の用意をしている。時陰は別れの挨拶をした。兼秋は引き留めて、さらに一献をすすめた。

「会ったばかりだというのに、もう別れる時間になるとは、時のたつのは早いものだ。せめてこの船で高松まで行きませんか。そうしたら人をつけて送らせます」

「私もそうしたいけれども、親が心配しています。今日こうして話し込んでしまって帰りが遅れたのも、親には申し訳ないと思っているのです」

「そうですか。それならばやむを得ません。その代わり後で都に来てください」

「それも出来ません。とても親が許してくれないでしょう」

「あなたは孝行息子なんですね。それならば来年、私がここまで会いに来ましょう」

「それはありがたい。この辺りは道路事情が悪くて、手紙なども届きにくい。来る時を教えてください。ここまで私が迎えに出ます」

「分かりなした、昨日が中秋の15夜、今日は16日、ちょうど1年後に来ることにします」

いよいよ別れる際に、兼秋は金1封を時陰に与えて言った。

「兄弟になったからには、あなたの親は私の親だ。これを親のために使ってください」

時陰は遠慮無くそれを受け取り、船から岸に移り、帰っていった。

その後兼秋の船は順風に恵まれ、何事もなく都に帰った。後醍醐天皇はご機嫌も麗しく、兼秋はしばらく都で過ごした。

                     続く

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