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2009年1月20日 (火)

せめて偽善者であれ  英草紙から・その8

1月20日(火)

せめて偽善者であれ

「私は偽善者である」と告白するのは、まさに偽善者らしい行為である。「私は正直な偽善者ですよ」といっているようなものだ。正直な偽善者なんていますかね。

それでも私は、自分を偽善者だと言います。ついでに付け加えれば、大抵の人は、みな偽善者だと思って、居直っています。

今の世の中、欲望でもなんでも、思ったままあらわし、行動するのがよいと思っている人もいるようで、ちょっとやりきれませんね。自分の欲望をぎらぎらさせて行動して恥じない人、やっぱりいやだな。

本当の善人になんて、なかなか成れるものではありません。いれば神のような人、天使のような人です。大抵は私みたいな凡人です。せめて偽善者になって下さい。恥を知ろうよ。

英草紙から

豊原兼秋音を聴きて国の盛衰を知る話 その8

樵の話を聞いて、兼秋は思った。この男、よく知っている。しかし、単なる耳学問かも知れない。もう少し確かめてみよう。

「唐土でも音楽を理解する者は、音を聴いて、どんな気持ちで弾いたのかが分かるという。私が何事かを思って弾いたときに、その思いを聴き取ることが出来るか?」

「大人、試みに弾いてみてください。大抵分かると思います。もし言い当てられなくても咎めないでください」

兼秋は切れた弦を調え、しばらく沈思黙考し、心を高山に置いて、琴を弾いた。樵は賞賛した。

「琴の音が非常に美しい。洋々としている。大人の心は高山にあった」

兼秋は答えずに、心を凝らしてふたたび琴を鳴らした。樵は言う。

「美しい音です。水が溢れるようだ。大人の心は海にあります」

この二つを言い当てられて、兼秋は樵を上座に導いた。

「これはまた意外なことだ。砂の中に宝石がある。姿形で人を判断してはいけないというのはこのことか。是非お名前をお聞かせ下さい」

樵はむしろ小さくなって答えた。

「私の姓は横尾、名は時陰(トキカゲ)と言います。親は大和介(ヤマトノスケ)と言って、代々天王寺に住んでいました。わが祖先は、八幡太郎殿(源義家・頼朝の先祖)より、琵琶の曲を授かった家です。私の時陰という名前は、代々家に伝わる名前です。近ごろは世の中が騒々しくて、30年以上も前にこの土地に落ちのびました。今は、山や田畑の仕事をして世を過ごしています」

「しかしながら、音楽を忘れたことはなく、故実を勉強し、農具を使いながらも、親は笛の吹きかたを教えてくれた。今では音楽をつかさどる家でも、故実など知らない者が多いと聞く。親は私に心を込めて教えてくれたので、親と同じ程度のことは知っている」

「琴の曲はもう廃れたと聞いていた。しかし今日、珍しい音を聴き、耳をすまして聴いていた。私は琴の曲を知らないけれども、私が覚えた笛の曲にあわせて、その曲を聴き取ったのです」

                    続く

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