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2009年1月 9日 (金)

素朴な考え、政治的な考え

1月9日(金)

私は物事を判断する際には、素朴な感情が大切なものだと思っている。

いつも書いているけれど、その判断の基準になるのは、「人を殺してはいけない」ということだ。幼稚園の生徒だって同じことを言うだろう。少し長じて中学生くらいになると、「なぜ人を殺してはいけないのだ?」などというようになる。なぜもヘチマもあるものか。「お前は人を殺すことに耐えられるのか」ということだ。「耐えられる」などと思ったり嘯いたりするのが、反抗期の人間の特性だけれど、だいたいは無理に自分の感情を理屈でコントロールしようとしているのである。

他の点では私の考えはぶれたりするけれど、人を殺してはいけないという点では、ぶれないつもりである。

だから、イスラエルがガサを攻撃するのは、とんでもないことである。ハマスもイスラエルを攻撃するけれど、時々イスラエルに、死者が1名出るという程度のものだ。それに対してイスラエルの攻撃では、すぐに何十人、何百人という人が亡くなる。これって、戦争ですか? 賭殺じゃないの?

イスラエルは建国以来、始終戦争をしている国だ。元はといえばイギリスが世界大戦でユダヤ人の協力を得たいため、シオニストに無茶な約束をし、第2次大戦後シオニストが今の地を武力で制圧して建国したのが、イスラエルの始まりだと理解している。パレスチナの反発は当然あるわけだけれども、もういい加減折り合わなければしょうがない。お互いに相手が地上から消えるまでなどといっていたら、不毛の戦いが永遠に続くことになる。

こんなことを日記に書いたところでどうなるものでもない。だからやめておけばいいのですが、つい、書いてしまいました。

普段の生活の中で、自分の考えなどはあまり主張しないものです。ボランティアや趣味の会で宗教や政治に触れることは、まあタブーのようなものです。誰にも見せない個人の日記などでは自由だけれど、公開しているブログなどではどうなのでしょうね。このブログに反発を感じる人だって、当然いるでしょう。

本当はイスラエルとガザについて書くつもりはなかったのです。それなのに書いてしまったのは、筆の勢い・・・というより、キーボードを叩く指の勢いです。

私は、素朴な感情で素朴に考える方が、難しい理論を組み立てて考えるより、安心できることを書きたかったのです。だいたい複雑な理論を組み立てて出た結論なんて言うのは、素朴な感情に適合しないことが多いんですね。1対1では人を殺せないような人間が、机の上で作戦を立てると、ここで核兵器を使うなんていう結論を導き出したりするのです。

1対1では人間を殺せないというのは、素朴かも知れないが、人間の感情としては正しいのです。ここでクラスター爆弾を使おうなんて考えるのは、卓上で作戦を考えるから出来るのです。そういう人は、本当は、棍棒で人を撲殺する人間よりもずっと野蛮なのです。

何に対してでも、理屈なんてなんとでもつきます。人は常識的に考えるか、あるいは政治的、哲学的に考えるかです。政治的、哲学的に考えるとき、人はとんでもない結論に達したりするのです。

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コメント

感情で物事を考えるのはオススメできません。
  理論が複雑になるのは、この世界の成り立ちと仕組みを正しく説明していないか、それとも、元々精密なことを、例えば数学の理論を、その通りに説明しているか、のいずれかです。

 なお、この世界の成り立ちと仕組みは、天然自然の存在の創造主である神、自然法則、エネルギ一三語で説明尽くせます。

  一般法則論

投稿: 一般法則論者 | 2009年1月10日 (土) 01時48分

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