« お鷹の道  英草紙から・その3 | トップページ | 特養さくら新年会 英草紙から・その5 »

2009年1月16日 (金)

ボラ懇談会  英草紙・その4

1月16日(金)

精障者作業所Mでボランティアとスタッフの懇談会。

私の現在の酒量。500ミリリットルの缶ビール1本、日本酒2合。おかずを摘みながら飲んだ後で、パソコンにむかっています。これがだいたいパソコンにむかう前の標準です。終わってから、また1合か2合は飲みます。アルコール依存症でしょうね。

知人、Kさんの父上は、米寿を祝った今でも、朝から酒を飲み、夜中に目が覚めても飲み、畑仕事をし、インターネットで碁をやるそうです。いつかこのブログで、喜寿と書いたと思いますが、米寿の誤りでした。

現役時代は職人だったそうです。その点だけは私と同じです。ウーン、あこがれだなあ。私はその歳まで生きそうな気がしないけれど。

「英草紙」から

豊原兼秋音を聴きて国の盛衰を知る話 その4

樵の話を聞いてなかなかの者だとは思ったけれど、兼秋は重ねて問いただした。

「私の曲を聴いて興味を覚えたのかも知れないが、この曲がどんな趣があるのかまでは分かるまい?」

「それが分からずに、なんで聞き惚れることがあろうか。詩と音楽とは、一体のものである。大人の弾いた曲は今に伝わる隋唐(古代中国の王朝)の曲ではない。それより古い東漢(紀元前210年前後)以上の曲である。今日弾かれたのは博雅四帖の曲である。

   秋月濾江白(しゅうげつろこうしろし)

   初驚冷露時(はじめておどろくれいろのとき)

   寒衣尚未了(かんいなおおわらず)

ここまで弾いて糸が切れた。第4句は、

   郎喚儂底為(ろうわれをよばばなにをかせん)

と続くはずである」

兼秋はこの答えを聞いて思った。この曲は昔は知っている人もいたが、今ではわが家にだけ伝わっている。他に知る者は居ないはずだ。彼はどうして知っているのだろう。わが家の他にも伝えられているのだろうか?

「答えを聞くに、確かにあなたは俗人ではない。陸と船で話しをするのは面倒だ。船にきてもらいたい」

樵は少しも物怖じする様子もなく、木の根を伝わって、船に乗り移った。その姿はまことに樵そのもので、蓑を着て草鞋を履き、腰にはマサカリをつけている。

船の中の家来たちは、彼の見識が分からず、何を言うのかとひそひそとささやき笑っていた。

樵はそんなことは気にもとめず、蓑を取り、草鞋を脱ぎ、マサカリなどを脇に置き、兼秋の前にあぐらをかいた。

兼秋は役人としては位が低いけれども、公の使いである。樵などを対等に扱っては官位を汚すものだとは思ったが、自分が呼び入れたのだから仕方がない、ただ手を上げて会釈とした。しかし兼秋の前にきても平然としていることが少し腹立たしく、わざと姓名を問わなかった。お茶も出さず、しばらく黙っていた。

                      続く

 

|

« お鷹の道  英草紙から・その3 | トップページ | 特養さくら新年会 英草紙から・その5 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/118203/27197889

この記事へのトラックバック一覧です: ボラ懇談会  英草紙・その4:

« お鷹の道  英草紙から・その3 | トップページ | 特養さくら新年会 英草紙から・その5 »