« 年用意 | トップページ | 危ないね、ブッシュの靴 »

2008年12月23日 (火)

宗教について

12月23日(火)

明日がクリスマスイブで明後日がクリスマス。クリスチャンじゃないのにお祝いをして、彼氏と彼女はデートをし、友達や親子はプレゼントをしあう。

クリスマスが終わるとすぐに大晦日で、紅白を見て除夜の鐘を聴く。除夜の鐘って、仏教なんですよね。百八つの煩悩を消すんだってね。ぼんのうって、108あるのかァ。私なんか除夜の鐘を聴いたって、消える煩悩はないと思うけどね。煩悩を去って悟りを開くなんて、私にゃあ無理だ。

元日になると初詣。神社に行ったら、これは神道だ。

1週間のうちにキリストの誕生を祝い(本当は祝っちゃいないよね)、仏教徒として厳粛にに鐘を聴き、元旦には神道になって、神妙に祈りを捧げる。どうなっているんだろうね。

本物のキリスト教徒、本物の仏教徒、本物の神道にとっては、このでたらめさは非難されるべきものだろう。でも私などは、このいい加減さが日本人の良さだと思っているのです。

宗教と信者の関係は、デイラーとユーザーの関係に似ていると思います。車のことはよく知らないのですが、たとえばトヨタの車を買ったら、それに付随する部品は、なんでもトヨタ系のもの、いわゆる純正部品を使う客がもっとも良い客でしょう。これがデイラーの立場。ユーザーとしたら他社のものを使ってみたい人もいるはずです。

キリスト教やイスラム教は、デイラーの立場が強いんですね。精神の救いも、来世の救いも、現世の救いも、みんな自分の神でなければ気に入らないのです。

我々の国は、かなりいい加減ですね。死んだら仏教で葬式をし、結婚式は神前で(近ごろはキリスト者じゃなくても教会で式を挙げる人もいるが)式を挙げ、棘を抜くならとげ抜き地蔵にお参りをし、目を患ったら薬師如来、受験にさいしては天神さま、というわけだ。つまり日本は、ユーザーの力が強く、仏教や神道は強いデイラーには成れませんでした。

神も仏もごちゃごちゃと沢山あって(八百万の神ですなあ)、それぞれの人が勝手にいろんな神を拝むのです。一神教の人たちは、それを矛盾だと言いますが、一神教の方にだって、大変な矛盾がありますよ。キリスト教国同士が戦争をすると、どちらの国も、神に必勝を祈願します。これ、矛盾じゃないんですか?

こんな考え方はおかしいですかね。私は、なんの宗教も信じていないからこんなことが言えるのでしょうか。

|

« 年用意 | トップページ | 危ないね、ブッシュの靴 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/118203/26434890

この記事へのトラックバック一覧です: 宗教について:

« 年用意 | トップページ | 危ないね、ブッシュの靴 »