戦意高揚の歌 厭戦歌?
12月7日(日)
我がマンションの共用部分の大掃除。風邪を引いているが、こんな時は出なくてはならない。
午前中で終わり、疲れて横になっていると、Tさんがリンゴを持ってきてくれた。
大きなリンゴである。特に一番上のリンゴは大きい。多分、これだけ大きいリンゴを、私はまだ食べたことがないと思う。
Tさんは「歳なんだからゆっくり休め」と言って帰った。
疎開していた時分、りんご園のある家にお使いに行って、帰り際、うっすらと初雪を被ったリンゴを、樹からもいでもらったことを思い出す。あのリンゴは旨かった。
その頃、「リンゴの歌」が流行っていた。サトウハチロウ作詞である。サトウハチロウといえば作家佐藤紅緑の息子、佐藤愛子の異母兄で、学生時代は不良だったらしい。しかし、良い詩をたくさん作っていて、童謡になっているものも多い。「小さい秋見つけた」という童謡など私は好きだ。
疎開から帰って何年くらいあとだったか、何人かの仲間と、街のコーラスグループを作った。そこで習った歌に「モズが枯れ木で鳴いている」というのがあった。我々は茨城県民謡として習ったと思う。ある時サトウハチロウがラジオで「私の作った詩が茨城県民謡として唄われている」といった。これもサトウハチロウの作詞だったのである。
1) モズが枯れ木で鳴いている
おいらは藁を叩いてる
綿引車はおばあさん
コットン水車も回ってる
2) みんな去年と同じだ
けれども足んねえもんがある
兄さの薪割る音がねえ
ばっさり薪割る音がねえ
3) 兄さは満州へ行っただよ
鉄砲が涙で光っただ
モズよ寒いと鳴くがよい
兄さはもっと寒いだろ
この詩だけを見れば、厭戦歌と思う。指揮者もそういって我々に教えた。サトウハチロウ自身は、戦争は必ず勝つものと信じていた。だから、厭戦と思ってはいなかったのだろう。
モズの歌は戦後うたわれたのだが、戦争中ラジオから流れた戦意高揚の歌の中には、今の目で見れば、厭戦的な感じのするものがいくつかある。
たとえば次の歌はどうだろうか。
歩け歩け 歩け歩け
東に西に 歩け歩け
南に北に 歩け歩け
道ある道を 歩け歩け
道無き道を 歩け歩け
次のような歌もある。
どこまで続くぬかるみぞ
三日二夜を食もなく
雨降りしぶく鉄かぶと
最後の歌など、どう考えても戦意高揚にはならないと思う。確かこれを書いた詩人も、厭戦の気持ちを詠ったのだと後に言っていた。それなのに、戦意高揚の歌としてラジオから毎日流したのである。そのおかげでこの二つの歌、私は今でも唄える。
米軍が日本に来て、日本で唄われていた戦意高揚の歌や軍歌を、悲しいメロディーが多いといって不思議がったらしい。我々は悲壮感のあるものが好きだからナア。特にあのころの日本人はそうだった。
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